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拓二どこにいるの?

 

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takuji@フエ・カイディン帝廟 

フエに到着した次の日に俺らはバイクをレンタルして市内の観光に向かった、最近では各町でバイクを

借りて回ることが定着している、楽だし安いし行きたい場所に(がんばれば)行けるし、そんな訳で

バイクでフエに数ある帝廟の中から選んだカイディン帝廟へと向かったのである。

1931年に完成したこの廟は、フランス植民地時代の象徴ともいえるベトナムと

ヨーロッパの融合がなされたコンクリートの建築物らしい。

帝廟は山の中にひっそりと建っている、「うぅ朝からこの階段を上るのか(涙)」
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赤く染まった立派な門をくぐっていくと
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広い踊り場には、人と動物の像が両サイドに護衛するかのように並んでいる
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珍しいコウモリのレリーフ
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慰霊碑のような物もある
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西洋趣味だった12代カイディン帝の廟、これは十字架か何かかな??
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山の上に建っているので見晴らしがいい、向こう側に見える山の奥はラオスらしい
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第二の門も鮮やかな彫刻が施されている
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柱には花の彫刻も、これは梅かな??
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建物の中は陶器やガラスでキレイなモザイク画が描かれていた。
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天井には龍の水墨画のような物もあった、天井ばっかり見ていたら首を寝違えた(笑)
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これも陶器やガラスで創られている
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金箔に覆われたカイディン帝
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寺院や遺跡ばっかり見てきたがこういった帝廟もなかなか面白かった。

次はティエンムー寺へと向かう、途中で王宮の周りを通るのだが大きな

ベトナム国旗を掲げたフラッグタワーが目に入ってくる、(そんなに大きくは無い)

この建築物は戦争で破壊されたものの再建されたが、土台には戦時中の弾痕が数多く残されている。
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タワーを過ぎて川沿いに少し走ったところにティエンムー寺がある
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大きなつり鐘(重さ約2トン)は10Km先まで 鐘の音が響きわたるんだって(うるさい?)
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日本庭園を思い出させる石灯籠…こういうの作ってた時期もあったなぁ~~
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ベトナム戦争中 この寺の住職はサイゴンまで政府に抗議しに行き焼身自殺をした。

その時に利用した車が展示されていて、奥には火に包まれる住職の絵も飾られていた…
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次に向かったのがフエ大教会、俺の相棒、何でか教会になるとテンションが上がる、知らなかったが

コイツは教会が大好きらしい…
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今回もたまたまミサがやっていて中に入ることが出来た
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1959年にアメリカの援助によって、建てられた教会、中は水色と白でキレイな内装になっていた
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俺って歯医者とか医者とかが好きなんだけど(変?)何でなんだろう、この場所も好き、

多分こういった静かな場所が落ち着くみたい(普段うるさい分←自覚あり)
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教会の外観もこった造りになっている
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こうしてフエの観光は終わり、次の日にフォンニャ洞窟に出かけましたとさ。。。

そろそろ俺のカメラも限界が近づいてきている、この先果たして戦えるのだろうか…

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category: 俺@Vietnam

ホイアン2日目VSミーソン遺跡 

7月23日

ホイアン2日目、俺らは世界遺産に登録されているミーソン遺跡へのサンライズツアーにしゅっぱぁ~つ

朝4時半に起きて5時に迎えに来るはずのピックアップのトラックを待つ…が!!

ちょっと待てよ、いやまさか、そんなはずはない、時間を間違えたのか??

完全に日が昇っているではないか!!! 3人でこれってサンライズツアーやんな?と顔を見合わせる

すでに手遅れなんですけど(涙) などと話しているところにバスが到着、たくさんの人が乗っている

ひょっとしてすでにサンライズは見え終わったのか??? と思いながらバスに乗り込んで運ばれる

こうして1時間ほど走るとミーソン遺跡に到着、ガイドの説明を受ける。サンライズの説明なし。
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先にアンコールワット遺跡群を見てしまったのが俺らの失敗かもしれない(笑)

でも森の中に残された遺跡群はそれなりには面白かった。
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木造の部分はすべて無くなってしまって、レンガで造られた部分だけが今も残っている
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壁にはデバダーが並んでいる顔などもハッキリとキレイな状態で残っている
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自然に壊れたものや戦争によって破壊されたものもたくさんある













遺跡ばっかりで疲れたのでちょっと一休みの一枚(一番後ろ、チョーさんではない)



この花、キレイな色をしていて、時間?によって色が変わるんだってさ(変態…変色)
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崩れかかった遺跡、修復するのにどれ位の時間がかかるのだろうか???
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花のレリーフ
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こうして森の中に眠る遺跡をゆっくりと見て回り、ホテルへと戻っていった、誰一人サンライズに

突っ込みを入れる事もなく… 昇りきった太陽に別れを告げて
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この日このまま次の町フエへと向かったのである。。。

category: 俺@Vietnam

takuji@ホイアン到着 

ニャチャンでバカンスした後は11時間かけてホイアンへと向かう、移動はバスなんだけど寝台バス

この寝台バス、初体験で楽しみだ。シートが倒れて寝れるようになる、やっぱり座ってだと疲れるしな
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でも俺らの席は2段ベットの下、しかも一番後ろの5人掛けのシートで仕切りも何もない、

天井も低いし隣には欧米人のデカイ体が(涙)
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まぁ結局は俺は熟睡して起きたら古都ホイアンに着いていたんだけどね。

ニャチャンで知り合った埼玉生まれの26歳Mちゃんと共にホイアンを観光することになった

レンタバイクを借りてホイアン市内を2台のバイクが駆け抜ける。最初に着いたのは昔日本人町が

あったときに建てられたという「日本橋」(来遠橋)
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この町は昔に中国人や日本人が作った古い町。こういった日本橋など日本の痕跡も残っているんだって
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その後はベトナムの伝統音楽コンサートで癒されて
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民芸品を買うわけでもなく見て回った、毎月14日にはこのランタンが町中に飾られるらしい。
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と、ここでいったん町の観光を中断して、歩き方をふと見てみると、少し走ったところになんと

ビィ~~~チ!!!!があるではないか!!! 誰も文句を言わずに一直線にクアダイビーチへと向かう
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散々ビーチでフリスビーで遊んだ後、再び観光へと戻る

街中には中国の寺院が幾つもある。ひそかに三国志のプチファンである俺が絶対に行きたかったとこ!!

それは「クアンコン廟」三国志の関羽をが祭ってある場所、相棒は興味が無いので俺とのテンション

の違いにビックリした(笑) これ武神・関羽先輩
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これは張飛のダンナ
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劉備の兄貴(左のおっさんはどいてくれなかった(怒))
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次に向かったのが「福建會館」
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綺麗な蓮の花が咲いていた
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建物は中国風
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これ巨大な線香だって、燃え尽きるのに約1ヶ月かかるらしい、コリャ~ 煙くてたまらん
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これは別に関係ない写真、撮りたかっただけ。。
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キレイな傘、日傘かな?? こういうのが似合う女性がいいね♪
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町を歩いているとこういう偶然にも遭遇する、バイクで走るのも気持ちがいいが、

歩いて回ると気がつくものがたくさんあるんだよなぁ~
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次は「貿易陶磁博物館」階段もなんだか懐かしい感じがする
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窓から見た世界遺産の古都ホイアン町並み昔の日本もこんな感じだったのかな???
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日も沈んできて売り物のランタンにも光が入る
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雲も虹色に見える
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最後に見に行ったのが「進記家」
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日本の家造りの製法も取り入れられているらしい
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ネコがいると本当に日本の家に感じてしまうのは俺だけか???
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柱などもキレイに磨かれていて光沢を放っていた、木って手入れをすれば本当に長持ちするんだ!!
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この家は普通の家で、生活をしている人がいる、代々この家を守ってきた人たちがここにいて

これからもずっとこの家を守っていくのだろう。。。
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こうしてホイアン初日はこれにて終了、町並みが本当に懐かしい感じで居心地が良かった。。。

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開放的ビーチ・ニャチャン(午後) 

午前中に見たい場所は見た、と言うことは後は開放的ビーチで開放されるのみとなった

バイクを海へと向けアクセルをひねる、昨日は海水を浴びることが出来なかった分、気持ち早めに

バイクを走らせビーチへGO~~~。ちょうどいい感じの木で出来たパラソルの下へ陣取った
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すると、おじさんが歩いてきて「50000ドン」・・・なにぃ?? 金が要るの!? 

もう気持ちは体より先に海に入っている、いいよ、わかった払ってやるよ、払えばいいんだろ

とブツブツ言いながらお金を払う、これでこの場所は誰に何と言われようと俺らのもの、

50000じゃ安いと言われるくらい遊んでやる、こうして俺らは海に放たれたのであった。

水はキレイで暖かい、白い砂浜に流れてきたヤシの実、人気は少なくて最高じゃないです(喜)
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散々遊んだ後はビーチで写真を撮って歩く
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ヤシの木の影で休む子供達
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「巨人○星」のお姉ちゃん?? 「○馬」
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こうしてニャチャンでのバカンスは終了、いやぁ~やっぱ海はいいねぇ~ 最近は行ってないけど

波があったら波乗りでもしたい、帰ったら板を持って千葉にでも行こうかな~ ヨロシクねKッチャン♪

次の日にはホイアンに向けて出発、夕陽はよく見るけどたまには朝日も見てみたい、という事で

早朝4時半に起きてHちゃんを搭載してそのままビーチへ、途中でたくさんの人がビーチに向かって

歩いていく姿を見た、なんだろう?と思っていたらビーチで体操をしたりバトミントンをしたりして

運動していた、薄暗い海の中で泳いでいる人もいた。
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空はだんだんと薄紫になっていく
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沖にある島からちょうど朝日が昇り始めてきた
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まるで一粒のイクラのような太陽が静かに昇っていく。
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早朝で風も無いので海に反射した日の光がキレイに映っている。
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こうしてニャチャン朝日を無事に見ることが出来た、

Hちゃんがいなければ相棒と2人っきり…いやいや考えないようにしよう(笑)
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無事に見る事が出来たと言ったのは実は嘘で、ここに来るまでに一台のバイクがまさかのガス欠(恥)

早朝なのでスタンドも開いていないだろうと困っていたら、ベトナムの人はみんな優しかった

困っている俺らを見捨てずに話しかけてきてくれて、近くの屋台で給油してくれた。
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いやぁ~押して帰らなければと思っていたが、救われたよ。こうやっていろんな人に助けながら

生きているんですよ自分なんて(笑)

子供達に挨拶をしてホテルへと帰ったのであ~る。
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さて、朝日も見たし観光も終わった、海にも入ったしする事が無い、出発の時間は夜の19時半

あまっている時間は9時間ほど、これを一体どうやって使おうかと散々悩んだ挙句に暇じゃなかったら

ぜ~~~たいに行かないだろう島、モンキーアイランドことラオ島へ向かうことに、さっそくタクシーを

捕まえて乗り込んだ、確認しなかった俺らが悪いのだがメーターはドンドン上がっていき最終的に

20万ドン!!!!!!!! 値下げを試みたのだがメータータクシーだから無理、運転手は満面の

笑みで、「帰りも待ってるから」だと、「クソ~☆㊥$>#£¥?&★ーー!!」と心の中で叫ぶ

そりゃ~待つわな(涙)相当な痛手のを負った俺らのテンションは

下がる一方、ここまで来てクヨクヨしてても仕方が無い、過ぎたことは過ぎたこと、今は目の前にある

島に上陸することだけを考えようと、無理やりテンションを上げ…られない。

波打ち際で揺れているヤシの実がみょ~に せつなく見える…
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沖に浮かんだ船も雲も見てると悲しくなってくる…
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あの島、楽しくなかったら最悪だと思いながらも船に乗る
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15分ほどで島に到着、入り口に待っていたのは…サル しかも何故かム・カ・ツ・ク
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でも海はキレイなので徐々にだけどテンションは回復に向かっていく、ニャチャンビーチもキレイだった

が、こっちの海のほうが水が透き通っていて断然キレイ、砂浜は珊瑚の欠片で埋め尽くされている
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小さな松ボックリのような物を見つけて、更にテンション回復
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この島では犬やサルのショーがあると言うので言ってみたのだが、誰もいないステージにいたのは
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2時にショーが始まるというのだがこれじゃあ期待は薄いよなぁ~(涙)

時間が来るまでビーチでさっきの20万があったらと、想像にふける… このままじゃいか~ん!!!
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そういえばこの島には、昔に旧ソ連の動物実験用にサルが飼育されていて、崩壊後はそのままじゃ

もったいないとい事で観光用にしたというサルがいるはずだ、だからモンキーアイランドなんだったと

サルを探しに島の奥のほうに行く、するといるわいるわ、たくさんのサルが木に登ったり走り回ったり
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よかったなぁお前ら、実験に使われなくて。そうこうした後でいよいよショーの始まる時間だ

ステージに向かっていくと、さっきまで誰もいなかったのに、いつの間にか満員御礼状態

一体この人たちどこに居たんだろう?? というくらい人が集まっていた

マイクで何かを言っているのだが全くワカラナイ、アオザイを着たお姉さんが小型犬たちをあやつって、

まるで日光犬軍団だ。周りの人は笑っているのだが、ベトナム語なので、おねーさん何を言っているのか

全く分からんかったが、なかなか面白いではないか!! 一気にテンション回復♪♪
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犬が終わると次はサルの曲芸、終わった後にいつもポーズをとるのだが、それがまたカワイラシイ
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最後は自転車に乗ったサルがステージをクルクルと回る…だけ。競輪みたいだ
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それでも一生懸命な動物達を見て、俺もいつまでも凹んでいてはいけないと心に思ったのであった

こうして島を後にして船で帰っていくのである。

しかし、あの運転手にもう一度20万払うのは納得いかない、どうしたもんかと考えた挙句に

ホイアンまでの出発にはまだまだ時間がある、幸いタクシーの運転手もいない、こうなったらと

人生で初めてのヒッチハイクに挑戦、すると1台の車が停まってくれた、駆け寄っていくと

助手席が開くのかと思いきや、いきなり開いたのが後ろのドア、テンション高めのオッサンが

「ニャ~チャ~ン??」と言ってきた、「そうそう、乗せてくれるの? フリーで?」と聞くと

乗れというので、助かったと思いみんなで乗り込んだ、クラブミュージックをガンガンに流して

車は走っていく、しかし音楽を聴いているのは運転手だけ、なぜなら乗っているのはお年寄りの方

そりゃ聞かないわな(笑) しばらくするとオッサンがなんと事もあろうことかお金を請求してきた

ビックリしていくらか聞くと3人で10万ドン、俺らは笑いが止まらなかった、半分やけくそで

どうでもいいやと金を払ってニャチャンビーチまで送ってもらった、きょうはとんだ一日だったと

3人で反省しましたとさ。 こうしてニャチャン最終日を終えてホイアンへと向かうのであった。。。

ちなみにラオ島まで行くにはバイクタクシーを捕まえるか、自分でバイクをレンタルしていくと

なんと6㌦で行けちゃうんだなぁ~~~これが(悔)

category: 俺@Vietnam

開放的ビーチ・ニャチャン♪ 

ダラットでイオン吸収した翌日、バスに乗って6時間、山道を走ってリゾート地ニャチャンへと向かう

やっぱり夏は海っしょ♪ 気持ちも高ぶってくる。
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途中に山の休憩所に寄って一休み、空にはトンボも飛んでいる、そんな素敵な昼下がり♪
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パイナップルで水分補給、旅に出てからパナップルばっかり食べている気がする
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大自然の中で飲むベトナムコーヒーは最高…だろうな、勿体ないから飲んでないけど(貧)
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麺をほおばる子供、そんな顔しなくても撮るけど取らないから大丈夫やって
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こうして山道を抜けるとビーチが窓いっぱいに広がってくる、とにかくさっさと宿を探して

一刻も早く水中へ~~。

大きな荷物を抱えて宿探し、途中でブリー○の塗装がされたバイクを発見、日本のアニメって

どこに行っても見ることが出来る、すばらしい。
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ビーチ沿いや街の中はドンドンと新しいホテルなどが建てられている。ここにも新しく何かが建つだろう
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アジアって信号の意味があんまり無いんだよな~、無視して走ってくるし、旅に出てもう2回くらい

車とバイクにぶつかられてるよ、俺(汗)
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しかし知らなかったのだが今は乾季でベストシーズンらしくて、どこのホテルに行っても満室!!!

とりあえず俺らのホテルは決まったのだが、ダラットから一緒に動いているHちゃんのホテルが

見つからない、値段も高いしさてどうしたもんだ、こうなったらと、見つけたホテルに全部入っていき

3時間くらい町を歩き回りほとんどのホテルに入っていったのだが…無い(涙)

こんなに探したのは初めてだ、他の旅人も大きな荷物を抱え、汗だくで宿探しをしている姿をよく見た

結局見つけたホテルは一泊10㌦でベットが3つある部屋に1人で泊まる事になった。

時間もなくなってしまい、到着した日は泳ぐことが出来ない不完全燃焼のまま街を

ウロウロしただけだった(疲)時間も時間で海にも入れないので写真を撮って街を散策して歩く

ハート型の葉っぱ
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キリン
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バイクのペイント…何て名前だったっけ???
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夜になってビーチに行くとまん丸の満月が、暗がりの中で写真を撮っていると、後ろの方でカップルが…
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こうして初日は宿探しで終わったのであった、こんなに見つけられないとは、恐るべしハイシーズン!!

次の日はバイクを借りて、午前中は観光して午後から念願の海に行くことに。

こっちのレンタバイクはいつもガソリンを入れてから出発しなくてはいけない、非常に面倒くさい
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燃料補給が終わって最初に向かったのがニャチャン大聖堂
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坂の横には花が飾られた壁が見えてくる、お墓なのか???
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反対側にはこうした十字架が並んでいる
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十字架の間にはキリストの使途たちの銅像が立ち並ぶ
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坂を上りきったとこにキリストが
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これが大聖堂
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中にはキレイなステンドグラスが、教会のステンドグラスってキレイだよなぁ~
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ちょうどミサの時間に来たらしくお祈りしている人たちの姿が。
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俺はクリスチャンではないので教会は非日常的な空間なんだけど、何かに惹かれてきてしまう

何でなんだろうか??? 
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外にもキリストが、何で十字架に打ち付けられたキリストがいつも置いてあるんだろう? 

クリスチャンの人は見て辛くないんだろうか???
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お墓に飾ってあった花
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こうして教会を後にして次の場所へと移動。次はポー・ナガル塔
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修復されたのか上の方と違い下の方はレンガがキレイに積まれていたのだが、少し残念な気がした
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漢字で書かれた石碑
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塔の中にも漢字で書かれた文字が、奥には仏像が置かれていて線香のが炊かれて煙で苦しかった
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日本にもあるような太鼓をよく見かける、久しぶりに叩いてみたいな~~ コッペパンってか(笑)
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これで午前中の観光は終わり、午後からビ~~~チヘとバカンスしに向かうことに。。。

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浮かれすぎてて旅の順番間違えた(笑) 

いやいやぁ~浮かれすぎていて旅の順番を間違えてしまったよ、アハハハ♪

ダラットの前に俺はホーチミンに居る間にツアーに参加してメコンデルタの入り口であるミトーへ

行ったんだった。久しぶりのツアー、しかもガイド付き(英語)市内からバスに揺られて走ること2時間

バスはミトーの船着場へと到着
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島々を船で巡るというツアーに参加
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これが今回のクルーズの船、ゴーイング○リー号に乗って出発
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大きな流れをゆっくりと船は進んで行き桟橋で下船する
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最初の島はライスペーパ島、ここで工場見学をする。製造過程は、まず米を石臼ですり潰す
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それをクレープみたいに焼いていく
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天日に干す、以上。 味は薄い塩味だった。
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どこにでも生っているバナナ別に珍しくも無いのだが、このバナナは今までのとちょっと違って、

かなり小さい、上から下まで5センチくらいのがビッシリ生っていた。
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ツアーなので食事も付いてくるみたい、この魚食えるのかと思っていたら、さっきの工場で造った

ライスペーパに包んで食べるのだが、別料金だってさ、誰一人として食べなかった…焼かれ損やん(悲)
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小さな島だけど住んでいる人たちが居る、その人たちにとって船は大事な足、いろんな所に船着場がある
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一軒の家の窓、いちいちカワイイんだよ。
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昼食後に次の島へと移動、河を走っている船には必ずと言って良いほどハンモックが吊るされている

河の流れに揺られながらハンモックで昼寝、こっちの人はこうしたゆっくり流れる時間を大事にしている

んだと思う。だからピックアップのトラックも平気で遅れてくるんだろうな~♪(怒)
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船は大きな流れから小さな流れへと入っていく、すれ違うのがやっとの流れを進んで行き次の島へ。
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到着したのはハチミツ島、たくさんの箱が並んでいる
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そこで出されたのが、お茶にハチミツとライムを搾って飲むハニーティー…ぅぅ~あ、甘い(苦手)

ほとんどお茶で薄めたのでただのお茶だった(笑)
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しばらく口の中に残る甘さと戦っていると、演奏が始まった。
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さっきまでお茶を淹れてくれていた人たちが、ベトナムの民謡??を歌い聞かせてくれる

こういうのはツアーの醍醐味だろうな~~ 俺らが普通に着てたらまず確実に素通りだろう。
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甘い歌声とお茶でトロトロになると、次は馬車に乗って島の中を移動する、たくさんの馬車の中から

俺らが選んだのはコイツだ、頭に花を付けられてなんとも滑稽な姿が愛くるしい♪ コイツっきゃない

と思い愛馬ロシ○ンテへと乗り込んだ。
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移動の様子はこんな感じ。俺らも傘を被ったのだが…酷過ぎて載せられない(苦笑)
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到着したのは手漕ぎボート乗り場、この船で更に細い流れを進んでいく
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何の葉っぱかワカラナイが両側から生える葉っぱのアーチをくぐりながら船はゆ~っくりと進んで行く

他の人もいるのでおとなしくしていたが、この時のテンションは最高潮に達していた。
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足をつけると冷たくて気持ちがいい、後ろからきた船の人たちが「魚に食われるぞ」と言ってたが

嘘つけ~ めっちゃ子供が泳いでるやんけ(笑)
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遠くチベットの山から流れて中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアの国境をノービザで越え

流れるメコン河、見た目は泥のような濁った色をしているが、近くで見ると河の水はキレイだった。

こうして先回りしていた元の船へと戻ってきた、しかしこの人たち標識も目印も無いのに、どうやって

目的地に辿り着いているんだろうか???
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青空に浮かぶ点々とした雲を眺めながら、我ら一行は次の未開の島へと向かう。
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今度はココナッツキャンディー島に上陸

あまぁぁぁぁ~~いキャンディをもらい、笑顔で食べる、すぐに吐き出して♪(失礼)工場見学

作り方の過程は

1・有無を言わせず~  くだぁ~く
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2・間髪いれずに~   しぼぉ~る
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3・追い込むために~  にぃぃ~る
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4・混乱させるために~ まぜぇ~る
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5・弱ってきたとこで~ つめぇ~る
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6・離婚した夫婦の縁のようにきった後でボロボロになったとこをやさしく~ つつ~む
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こうして出来上がったのがこれ。
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この島では他にもワインを製造している、これは中に巨大ヤモリが入ってて、もちろん相棒は近づかない
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こっちは中にヘビが入っている、試飲してみたのだが喉が焼けるくらいキツかった!ホンマにワインか?
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天敵であるネコ(ネコアレルギー)に挨拶して島を後にする
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こうして大満喫でツアーを終了したのであった
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このツアー10㌦で参加したのだが、結構面白いではないか、ツアーに参加するのもいいもんだと思った

この後でダラットに向かうのである。。。

category: 俺@Vietnam

ダラットの続き、愛の盆地とダラット駅 

マイナスイオン絶好調の俺らは町に戻って食事の後、時間の限り見れる場所に向かうことにした

向かった場所は、「ダティエン湖と愛の盆地」へとバイクを進める、名前がどうしても気にいらないが

最近ベトナムの若者達に人気がある場所との事、さっそく愛を求めて中へと進む
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さっそく腹が立ったのは、入場料と駐車代が必要との事、オイオイ愛は金では買えないぜと、日本語で

ブツブツ言いながら結局は払う俺(涙)

入ってさっそく目に付いたのがこれ[LOVEVALLEY]あぁ恥ずかしい
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なんでかジープも展示されている
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ペイントされたバイクも置いてある、盆栽もあったし…コンセプトがわからない(苦笑)
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でた!僕らのクラブのリーダー、こういう場所はこういったのが合うよ!!?? お・オバちゃん(悲)
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カウボーイにだってなれる場所みたいよ、ここは。
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若者向けなのか子供向けなのか、どっちやネン??
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ミニチュアシクロー、子供のうちにみんなここで練習するんだろうな~(嘘)
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愛の小屋ってか
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なぜワシが、何を伝えたいんだここは???
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コンセプトは愛だろ? これならわかるよ
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さっきのオバちゃんは無いにしろ、子供なら絵になるよ子供ならな。
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これもなんとなくこの場所にあってもわかるのだが
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これ!これはやりすぎでしょう、こんな目で持っているのが幸せの黄色いハンカチってか、アホか(笑)
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いやいや怖いから、何が欲しいネン??
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いやいや小さいから、上を指してどうしたん?? 大きくなりたいの??(10cmくらい)
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ここには人口の湖があり、その湖で若者達が愛を育むのであろう…目つきワルッ、愛が歪むわ(笑)
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何ていうかここはある意味たいへん面白かった、幸せな気分に慣れた気がするよ。

愛の盆地に別れをつげ、次に向かったのがダラット駅、ダラットにはベトナム戦争中に建設された

駅があり、そこから観光用列車が一日何本か運行されている。
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俺らが着いた時に出発してしまっていたが、展示されていた車両があった
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ほぼ廃線なので手入れもあまりされていなくて錆付いてしまっている
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この駅には小さいけどSLが置いてある
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中もキレイに手入れがされていて黒光りをしている
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かわいらしい駅と電車、この先もずっと残っていればいいのに
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誰もいないキップ売り場、昔はにぎわっていたんだろうか?
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小さなポスト、今も使われているかはワカラナイが、観光列車が終点であるチャイマット村へ行く際に

郵便が届けられるのかも知れない
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駅の前は色とりどりの花が咲いていて、かわいい駅と小さな電車とキレイな花

なんだかホッとする場所だった
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雲行きも怪しくなってきたのでホテルへと戻ることにした
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こうしてダラット観光は終えて次の町ニャチャンへと向かうのであった

ダラットの町はもっと追い中かと思っていたのだが大きなホテルがたくさんあり

結構な都会だったのがすこし残念だった。。。

category: 俺@Vietnam

takuji@ダラット マイナスイオン浴びまくり 

ホーチミンから脱出してバスで6時間ほど揺られ、到着した町ダラット、この町は山の上にあり避暑地

となっている。気温はかなり寒く、長ズボンにトレーナが丁度いいような町だ、到着するなりホテルを探す

この町での絶対条件はホットシャワー!! 何が何でも水は無理だ! タダの荒行になってしまうだけ

こうして見つけたホテルは7ドルでホットシャワー、何故かベットが3つという場所だ、まぁ1つよりも

3つのほうが全然OK♪ 寝たことは何度かあるけど、さすがに男と一つのベットは…イヤダ

しかもオレもそうなんだけど相棒はロン毛、これはマズイでしょう(笑)

こうしてホテルも無事に決まり、今度は見所を探しにツアー会社に行き、そこにか飾ってある各ツアーの

写真を見てその中でも一番興味がそそられたエレファント・ウォーター・ホールへ向かうことに決定

しかし地図も無いので方向がわからない、さらに方向と言う英語がわからない(汗)

伝えたい気持ち、伝わらない想い、困っているとこに「歩き方」を持った女の子がトコトコ歩いている

相棒と目を合わせて女の子を追いかける、本を見せてもらったのだが載っていない、何とかなるだろうと

女の子(岐阜出身の筑波大生Hちゃん)も誘って明日バイクで行くことにした(その方が安いから)

次の日の朝早くにバイクをレンタルしてツアー会社で簡単な方向を聞き、いざ出発だぁぁぁぁぁ!
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しかし言われた距離を走っても走っても、見えてこない、大丈夫か?? 心配になりながらも進んでいく

途中で人に聞くのだが英語も通じないし、エレファント・ウォーター・ホールと言っても伝わらない

おばさんに渾身のゼスチャーで伝えたら、「あっち」だって、言われた方に進んでいく、見えてきたのが
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・・・チガウダロ~!! 町のカフェでも聞いてみる、すると「あと3キロ」だと言われたので探しまくって

何とか到着したものの、観光客もいないし大丈夫なのか?? 音のするほうに近づいて行く。
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うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!! スゲー!!!! 滝滝滝滝 虹虹虹虹 なんじゃこりゃぁぁぁ!!!
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こんなとこに、ビックリするような大きさの滝が虹のオマケつきで潜んでいたとは。
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久しぶりにこんなにクッキリと虹を見た、うぉぉぉ~~!マイナスイオンがぁ!!!!
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水はキレイとは言えないが、それを言っちゃぁ贅沢ですよ。おっとここにもマイナスイオンが!!
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横を見ると、下のほうに下りれるみたいなので、行くわなそりゃ~
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滝が霧状になって舞っているのでビショビショになってしまう。
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上流の方はすごい勢いで水が流れていた。
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いやいやこんなスゴイ物が見れるとは、ヤッパリ動かなければ良いものは見れないもんですなぁ~

しかし何で「歩き方」に載っていないんだろうか??? 俺らの持ってるのが去年のだからか??

マイナスイオンを摂取した後で近くにあった寺に向かう、その寺で待っていたのが
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この癒される笑顔、完全リフレッシュだな。しかもヘソの辺りに穴が開いている、ひょっとして!

と近づいたら中に入れるようになっていた、残念ながらこの日は閉まっていたのだが、

しかし入ってどうするの?? でも入るんだろうな~ オレ(笑)

寺の周りを少し散策、気にいった看板を撮ったのだが、なんて書いてあるんだろうか?? 

いつもカッコイイ看板とかを撮るのだが、まぁ大したことは書いていないんだろうな~と思う(笑)
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リフレッシュされて☆NEW・☆TA~KUJI☆となり、ダラットの町へ戻っていくのであった。

これは帰り道で切り取った画たち、道沿いにはこうしたスタンドをよく見かける、

こっちでもガソリンは高騰、バスの料金も上がり、安いと思っていたレンタバイクの移動も簡単ではない
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山の上から見た湖、琵琶湖ではない(あたり前)
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これはかなり巨大な花なんだけど、中に入っているのは多分バナナ?? こうやって生るのか???
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結構な距離を走ったので腹も減る、とりあえず町まで戻らなければ、辺りには何も無い。急げっ俺ら
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こうして町についたあと食事を済まして、市内観光に向かう、最初に向かったのがダラット大教会

背の高い教会は坂を登ったとこにあり、遠くからでも良く見えるのだ。ボディは俺の好きなピンク♪
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ミサが行われていないので門は閉まっているのが残念だ。
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ハチ (知ってるわな)
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裏の方には同じピンクの建物が、学校か保育園か何かだと思うのだが・・・知らん。
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カラフルなベトナムの地図(見りゃわかるわな(笑))
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これは体育館みたいになっていて、中にはバレーのネットが張られていた。
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海外ちょっとしたとこで見かけるちょっとしたデザインって結構かわいいよなぁ~
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時間をおいて来たらミサが行われていて、中に入れた、手前の方でこっそり撮ったステンドグラス
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次は何でそんな物経ててしまったの??? クレイジーハウス(宿)
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お金を払って泊まることも出来るのだが、見学するだけでもお金を取られる、

払ってられるかそんなもん(怒) 本当は入りたいのだが…悔しいから外観だけバンバン撮ってやった

スパイダーネットの窓、中はもっとすごいらしい…ケッ。
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いったい誰やネンお前は。腹立ってきたわ(笑)
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ダラットのブログはまだ続きますのでヨロシク。 書ききれるのか???

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バイク天国!? ホーチミン・シティ 

俺ら日本人は15日間はビザ無しでベトナムに滞在できる、

しかしゆっくりもしていられない、他に見るべき場所はまだまだある

チャウドックを後にして、ホーチミンへと向う事にした、ホーチミンまでは

すがるようにネギって8㌦、時間は約6時間だ、朝早くに1BOXに乗り込む
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途中でフェリーに乗り河を渡るんだが…何でこんなに乗ってんねん!!!
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道中は、かなり暇・ひま・ヒマ~~ という事で前の席に乗っている子供の写真を撮る
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写真を撮って見せてあげると、ポーズをとってくれる
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お互いにテンションが上がってきてドンドン撮る
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しかし結局この子はうるさくなりすぎて、お父さんに怒られてしまった…すまん(反省)

半分くらい過ぎたとこで一旦休憩、この子も休憩?? 売り物?? 
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朝から何も食っていないので腹も減る、サクランボを発見と思いきや…トマトだ(汗)
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おばちゃんよりによって何でトマトを売ってるん?? イヤイヤ、笑ってる場合じゃないよ 
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これは何なんだ?とずっと見ていたら一つ恵んでもらえた♪栗みたいな味がして、う~ん美味
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1時くらいにホーチミンに到着、さぁここからが問題だ、どこまで英語が(相棒の)通じるか

タクシーの運転手やいろんな人に聞くのだが、どうしても通じない、荷物も重いしバカみたいに暑いし

途方にくれてヤケクソで入った薬屋、何と英語が通じるでは無いか♪ 目的地のデタム通りを

説明して解っていただけたとこで、今度はそれをベトナム語で書いてもらい、深々と御礼をして

大通りで「ヘ~イ、タクシー♪」と手を振る、停まった運チャンに自信満々で紙を見せ無事に

デタム通りに到着、次は宿探しだ、これもまた大変そうだと思っていたら、相棒が下調べを

しといてくれた、その宿に向うのだが…全て高い、チャウドックよりも2倍くらい高い(涙)

すると、到着したときからずっと着いてくる人がホテルを紹介してくれたのだが残念、気に入らなかった

今度は別の人が案内してくれた、どうやらこの人達はホテルを紹介してお金を貰っているらしい

だからと言って俺らの宿代が高くなるわけではないらしいと、親切な日本人が教えてくれた

案内された宿はここ、デタム通りから少し中に入ったとこにあるホテル
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ホットシャワー・エアコン・TV・冷蔵庫付きで12㌦の部屋
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豪華すぎる!!俺らは貧乏旅行なんだ、TVだぁ~?ホットシャワーだぁ~?エアコンだぁ~?

仕舞いには冷蔵庫だと?(怒)ふざけんなよ、そんな物はいらないから安くしろ…と言いたいのだが

7階建ての最上階であるこの部屋に来るまでに、疲れた体で重いカバンを背負って一歩一歩進んできた
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2人が顔を見合わせて…もういいか(笑)他の部屋も空いていたようだがここしかないと言われるし

俺が思うにこれはホテルの作戦では?疲れさせたとこで決断させる、さっきもそうだった気がするし

そうとしか思えないのだが…結局チェックイン、向こうからしたらチェックメイトだ。

でもまぁネットもタダで出来たし、スタッフも感じが良くて結構な日本語が話せたし、

犬もかわいいし、懐かないけども(涙)なんやかんやで2泊してしまった(笑)
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1日はミトーへのツアーに参加したので、この街の写真はあんまり無いのだが、この街はバイクが見たこ

ともないくらいクラクションを鳴らして走っている!!
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夜になるとこんな感じ、こりゃ危ないわ、横断するのも命がけやでホンマ
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丁度いいとこにロッテリアがあり、そこの3階から撮った写真はこんな感じ、

渋谷のスクランブル交差点の人が全てバイクに乗っているような、そんな風に見える。マサにバイク天国
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街を歩いてると、あれ!!久しぶりやん、最近見なかったけどどうしてたん?

居なかったから潤せへんかったやん、自動販売機よ、勝手にどっかいったらアカンよ。
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これは5星の高級ホテル、知り合った人にここからの夕陽がキレイだよと言われたので

ノコノコとやってきた、コーラが一杯3.5㌦だって、アハアハハハ(涙)
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これがその夕陽なんだけど、正直もっとキレイかと思っていたのだが…

しかも反対にあるサイゴン川に沈んでいくものだと思っていたのだが…
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街の建物は全て細く伸びていて、奥に長くなっている、まるでウナギの寝床ってヤツですか??
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夜のデタム通りに建つBAR、中には入っていないけどGOGO・BARではないよNiiさん(笑)
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カンボジアは夜早くに店は閉まっていたが、こっちは結構深夜まで開いてる店が多かった
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こうして俺らのホーチミン滞在が終わったのである、次の日シンカフェと言うツアー会社で買った

ジョイントチケットでダラットへと向うのであった。。。
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このシンカフェのジョイントチケットが、かなりの優れもの、旅人の強い味方である…はずだ
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このチケットはベトナムの各地のシンカフェオフィスがある街まで行ける、

ホーチミンからハノイまでストップする街のパターンが何通りかあり、あらかじめ滞在したい街を指定し

チケットを購入、そして自分の動きたい日を前もって各地のシンカフェでバスの予約をする。

俺らのパターンで行くと、

ホーチミン→ダラット滞在・ダラット→ニャチャン滞在・ニャチャン→ホイアン滞在・ホイアン→フエ滞在

のチケットを買った、チケットに期限は無いので気に入った街に何日でも好きなだけ滞在ができるという

そんな魔法のチケットなのであ~る。

このチケットで開放的なビーチ♪♪♪が待っているニャチャ~~~ンへ向かうのであった

待ってろよ開放的ビーチ、俺も解放されるぞ~~~~~!!!!!

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やっと更新!! ベトナム入国。。 

7月12日

長かったカンボジアもいよいよお別れの時が来た、R君は必死にビザの延長を言ってきたが

止めてくれるなR君、俺らは立ち止まる訳にはいかんのだ、
R「さみしい行かないで」
俺「すまん」
R「これからは1人で飲まなきゃいけないやん」
俺「すまん」
R「延長してよ」
俺「すまん」
R「捨てないで」
俺「すまん」

そんなやり取りがあったどうかはさておき、正直延長を考えもしたがそんな迷いを振り切って

ホーチミンまでバスがあるのだが、俺らはど~~~しても船に乗りたかったので

メコン河を通ってベトナム入国するというルートを選んだのであったのだ…しかし前日の

カンボジア最後の夜、例によってR君と大宴会、3軒の店をハシゴすると言う偉業を成し遂げてしまった

12日の朝5時まで飲んでいた俺らは7時に出発をしたのであった…眠すぎて気持ちが悪い(苦)

ホテルを出て1BOXに揺られながら走ること1時間ほどで船着場に到着した、意識もうろう

足元フラフラで寝場所を求めて船に乗り込んだ。
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運転手もフラフラの俺を見てこの笑顔 (苦笑?)
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両サイドに並んだ木のベンチ、そんなとこで座ってられるか、一番奥のゴザのひかれたあの場所へ

あの場所へ行かねば、あの場所を奪い取り死守せねば、俺の旅はここで終わるだろう、そんな想いで

ゴザがひかれた場所へ辿り着く。
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そこでゴロゴロと寝やすいポジションを探しているとのだが…い、痛いよ(涙)

どうにか良いポジションを探してゴロゴロゴロゴロしていると、おばさんがイスを出してくれて、

座りな、と言ってくれた、座ってみるとこれは快適!! 足も伸ばせるじゃん!! 

最高の寝場所を確保したとご満悦、まるで王様気分でいざ出発、相棒は一瞬で夢の中へZZZ
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どれどれ民の様子でも伺ってみるか…狭!キツ!近! さっさと乗り込んでホント良かったよ♪
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船は快調にメコン川を進んでいく
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眠いはず、なのだがロウソクの最後の灯火のようにどんどんとテンションが上がっていく、

景色を見てると寝てなんかいられない、ベトナムのホテルで寝ればいいだけの話だ(いいだけの話か?)
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天井で何か音がする!と思ったら、乗組員の男の子が覗いていた。変体め(笑)
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しばらく走ったとこで船が岸に着く、もう到着かと思い降りる準備をしようとしたら積んであった

ジュースを降ろすだけだった、う~ん思わせぶりなその態度
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メコン川にはいろんな船が走っている、砂を積んでいる船やスピードボートや魚を獲る船

さらには隣をみると人力で進んでいる船もあった、前の人が漕いでいるだけ、オイ後ろオメーも漕げよ
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また船が岸に到着、カンボジア出国手続きのために一旦船を降りる
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手続きをすませて再び出発だ、犬にお別れの挨拶をするのだが、この犬…魚ニオイガする(笑)
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天気も良いし風も気持ちがいい、ゆっくり進む船のエンジン音も心地良い
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少し走ったとこでまた舟を降りて、今度はベトナム入国の手続きをする
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その間に案内されて一軒の店に連れて行かれた、まぁどこでも国境付近は物価が高いってのは学習済み

コーヒーが1㌦、喉も渇いたし仕方が無いので一杯だけ飲んで入国許可を待つ。
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30分ほどで手続きが終わったので今度はベトナム側の船に乗り換えて、いざ未開の地ベトナムへ♪
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席はあったのだがそんなみんなと同じ場所より、人と違う場所を見つけてそこに行き、

たまに1人になり、そんでこうやってボーットしている時間が俺は好き。
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この人が運転手さん、カメラを向けるとこのポーズ、足で運転してるけど大丈夫なのか?
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話していると仲良くなる、すると天井に上って良いと言われたので、また俺だけの場所を発見!!

誰もいない貸切デッキで1人ハイテンション、運転手に笑われながらの一人セルフタイマー(笑)
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空腹と寝不足にもかかわらずハシャギ過ぎたせいで完全にノックアウト(アホなん?)
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風になびくベトナム国旗の下でうかつにもしばらく眠ってしまった。
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目覚めるとチャウドックの町が見えてきた、ヒリヒリすると思ったら体は真っ赤に日焼けをしていた
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魚?の塔に迎えられて無事?チャウドック上陸を果たしたのである
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もちろん宿を探す元気なんか残っているわけも無い、いつもなら探すのだがそんな訳には行かずに

今日は途中であった自転車タクシーの運転手からもらった名刺を頼りにNO6ホテルへと転がり込んだ
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部屋もキレイだし6㌦だったので二人とも文句なしで(文句を言う元気も無いのだが)決定!!

飯もさっさと済まして、この日は死んだように眠ったZZZ
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次の日は軽く街を探索して歩く、しかし地図も無い、英語も通じない、まぁ基本的に俺は英語が話せない

だから困るのは今に始まった事ではないのだが、しかし今までは相棒の力で何とかなってきたが、

そうなるとこの先は前途多難だな、がんばれよ相棒頼りにしてるぜ♪(笑)

川の近くにある市場の様子、食料や洋服、日用品が売っている。
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川沿いに立つ家、細い橋を渡って行くだが…酔っ払って帰っていたらどうなるんだろうか?(あ~怖)
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何かわからなのだが、多分お面を作っているんだと思う。
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陸地から見た河だす、まるで南国にいるような気分にさせるヤシの木が並んでいる
こっちの人って家にヤシの木が生えているのよ、なんて羨ましい。。。
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恋人達の時間がここにあるんだろうな(怒) いや、ひょっとして相撲か??
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ここで何人の若者達が…クソ~~~~
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これは小さなボートの船着場、船長が船をユリカゴに気持ちよさそうに寝ている
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これ! このミッキーマウス非常に残念だ(笑)僕らのクラブのリーダーなのに(悲)
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何か良くわからない物がたくさんここにはありました
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これは滑り台だと思う
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魚?マンボー?
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チャウドックにはチャム族という人たちが住んでいるのだがその人達には会えなかった(涙)

後で知ったのだが、チャウドックにあるサム・マウンテンは夕陽や朝日がきれいに見える場所

何回か誘われたのだが断っていた、今考えれば行けばよかった(涙)

行き当たりばったりも楽しいのだが、ある程度の下調べは重要だと気づかされた。

この後バスで6時間くらいかけてホーチミンへと向う、最近はバスでの長時間移動も慣れてきた。

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ベトナムでの戦い 

カンボジアの写真を載せたのが最後に、それからぜんぜんブログが更新できない状況

なんか上手くネットが繋げられない(涙)

もうすでにベトナムに入って、チャウドック→ホーチミン→ダラット→ニャチャンと

移動してきてるのに、その間の写真もたくさんあるのだが

ぜんぜん載せられずにたまっていく一方、書類が山積みのサラリーマンの気分や(涙)

今このブログを書いているネット屋も写真が取り込めないので…書けない

持ってきたPCを繋げようとしたら…怒られた(涙)

そんな感じで悪戦苦闘しているので、また書けるときに一気に書きます。

いや~ベトナムってもっと田舎かと思っていたらかなり都会なんですなぁ~

甘く見てたわホンマ。。。


ちなみに今日の朝、ニャチャンビーチに朝日を見に行ったのだが

借りていたバイクのガソリンが無くなってしまい、大変な目にあいましたとさ

朝日はキレイだったのに…

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クメール人との社交場。。。 

プノンペン最後の夜はいつも行ってる飲み屋さんで締めくくることに

俺らはお世話になっていたR君の行きつけの店でほぼ毎日!!(涙)飲み明かしていた。
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この店は昼の3時くらいから夜の22時まで開いていて、何と言っても最大の魅力が!!!!

生ビールが2000リエル、と言うことは日本円で約50円と言おどろきの安さなのである、

しかもグラスはキンキンに凍っているのだ~~~!!

カンボジアでそういう店は他には多分無い…と思う、一度ここでテンションが上がりすぎて

店のジョッキが無くなるまで飲んだこともある(笑)

ジョッキの横にクメール語で2000リエルと書かれている、店は何故かピンク色だが怪しくも何とも無い

いやいや本当に。
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店に居ると子供がチップスやウズラのゆで卵を売りに来る、一つ何十円なので頻繁に買っていると

どんどん懐いてきてしまう、仕舞いには俺らの顔を見るとすぐに近寄ってくる始末(笑)
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この女の子からはしょっちゅう買っていて、この日も俺らのおかげで完売して暇を持余している。
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それを店の女の子に見つかって無理やり眉毛を書かれている、サボってるからだ(笑)
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外国人なんか全く来ないこの店、もちろん日本人なんて俺らだけ、他は全てクメール人であふれるこの店

最初はあんまり絡んで来なかった女の子達も、さすがにこれだけ毎日通って飲んでいると

次第に仲良くなる、他のクメール人達も珍しいのでよく話してくるようになるのだが、一度だけ

軍人さんに絡まれたこともあった、あぁ危ね~(汗)その時は周りの人が仲裁に入ってくれて

無事に生還、いやいやホンマどないしようかと思ったわ(冷汗)まぁそんな事もあったが、それは

日本でも起こり得る事、気にしてなんか居られない、だって俺らはこの店が…大好きだから♪♪

この子達がこの店の女の子達で俺らとも仲がよくいつも絡んできていた子達だ。
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↑↑↑
右の女の子に小銭が無いときに一度ウズラの卵を奢ってもらった、お礼に何かあげねばと

カバンを探す、するといつも肌身離さずに持っていたSイミーから旅に出る直前まで住んでいた東京から

実家である滋賀県に帰る際の帰りのバスに乗る直前に貰ったエバンソウコウがあるではないか!!!

それを彼女にあげてしまったのである!(ごめんSイミー)
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すると左の女の子も欲しいと言うので…もう一枚あげてしまった、その代わりに付けていたハイセンスの

ピアスを2つ奪い取り相棒としばらく付けていた、俺にはハイレベルすぎてアワセラレナイ(笑)
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こんなとこで2枚も真心をあげてしまった、でも綾波さんは守ったから大丈夫だよSイミー(苦笑)







この子は最初は居なかったが、最近になってよく見かけるようになった、年齢を聞くと17歳だって!

参っちゃうな~オジサンは、デヘヘ♪
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女の子達は英語が話せないが、この男の人たちは英語が話せる、彼らも非常に良くしてくれた。
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真ん中の人、この人は俺らが勝手ににボスと名付けて呼んでいた人、いつも愛想が良くて俺らとも

よく話していた人、何とも言えない見てくれで本当に愛くるしくて、ヌイグルミみたいだった(笑)
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プノンペン最後の夜は記念撮影、何故かみんな左を向いてしまっている!? 何でだろか?
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何があったのかはもう酔っ払っていて…記憶にございません♪ 

この日はみんなのテンションが特にR君のテンションも最高潮まで上がり、

俺らは次の日6時おきでベトナム入国なので2件で帰ろうと思っていたんだが、誰にもR君を

制止することが出来ずに結局3件ハシゴしてしまい、帰ったのが朝の5時…アホなん俺ら? 

最悪のコンディションで国境を越えましたよ、ホンマR君ちょっとやり過ぎなのでは?(笑)

でも最高に楽しかった、カンボジアでこんな状態(ヘベレケ)になれるとは思ってもいなかった

本当にThank you~R君♪、ありがとう~カンボジア♪、オークン~名前を知らない店の人達♪

ちなみにこの店で俺らが食っていた物
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左から時計回りに蛇・カエル(もちろん相棒はダメ)蟻・何かのサナギでした、蛇とカエル以外は

さすがに食えなかった昆虫だ~け~は~~ ご勘弁を~~。

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プノンペンの諸々。。。 

『島流しの島』R君が補足してくれました、そういう事が行われた島ということです

遠くカンボジアからどうもありがとうね~。

この写真たちはプノンペンの雑感と言うか、本当はもっと詳しくいろいろ書きたかったのだが

時間が無さ過ぎて書けなかったので少しずつを走り書きで載せます。

プノンペンに到着した日の夕方の空。いや~キレイですね、
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俺らが泊まっていたホテルの前にある自転車屋…多いわ(怒)
毎日朝から晩まで自転車の整備をしていた、カンボジアの人は本当に物を大事にする(感心)
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ホテルの近くにある食堂で日本食が食べられる。
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R君と飲んで2日酔いの日はここでそうめんを食べる、ツユも出汁からとっていて旨かった。
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街中にあるオルセイマーケット、電化製品・洋服・靴・食材・etcなんでも揃う
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中はこんな感じで店が並んでいる。
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美容室だってある充実さ
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靴もあるが売れ残っているのか…汚れている(笑)
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ある日俺が9年くらい使っていて、旅に行くときにはいつも一緒だったカバンのチャックが壊れてしまった、コイツを捨てることなんて俺には出来ない、でも大丈夫、ここに来ればもう安心、おじさんの手によって完全復活したのであった、これからも一緒だよマイバック♪
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何故か真っ裸の子供が!!カメラを向けるとテンション急上昇
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次はセントラルマーケット
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プノンペンには大きなマーケットがたくさんあり、買い物には全然困らない、ホント助かります~
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周りにも商店が所狭しと並んでいる
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中はこんな感じでかなり広い、ショーケースに貴金属?や宝石?がならんでいた
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山積みにされたシャツ…み・見難い(笑)
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誰が着るねん(怒)
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これは2人用のカラオケ…狭いわ(怒)
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この人たちは携帯電話を貸してくれる人、町中にいて、ただひたすら待っているだけ…動け(怒)
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最後はここ、泊まっていたホテルの近くのコーヒー屋さん
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正直カンボジアのコーヒーは…マズイ
しかしここで飲めるコーヒーはベトナムコーヒーでウマイ、コーヒーが好きな俺はちょこちょこ通った
しかしただウマイだけでは頻繁には来ない、なぜここに通ったかというと、このタバコの口紅の
主が気にいったからだ
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そしてこの口紅の主の正体は~~~~~~~~~~~ 
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この人だぁ~~~~
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このオバちゃんを最初に見たときからこの店の虜になってしまったのだ
店に入った瞬間に言った言葉が「オーマイガー」だって、なかなか聞けんでそんなん(笑)
しかも服装が毎日過激で、テロンテロンのシルクの服・ショッキングピンクの上下・
ラ○ボー顔負けの迷彩服・昔のジャ○ット・ジャクソン見たいな服、そりゃ~通うわ
仕舞いにはこの顔、これでコーヒーがウマイから最高のひと時を過ごせましたよホント
絶対にもう一度会いに行くから待っててね、眉毛とアイシャドーの隙間は空け気味にして(笑)

本当はもっと各写真を載せたかったのだが時間の都合により省略 あしからず。。。

category: 俺@Cambodia

島流しの島 

プノンペン観光もほとんど終えたある日、R君と一緒にポルポト時代に島流しが行われていたと言う

島に、俺らは向かうことにした、プノンペン市内からツクツクで1時間ちょっとのとこにその島はある

途中でタ・クマウ(黒おじさん)と言う町で昼食を取る。
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これがこの町のシンボルである黒おじさん
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何度も道に迷いながら、何度も人に道を尋ねながらツクツクは走っていく
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やっとの事で島にたどり着くことができた、島の名前はルブドウ島と言うのだがネットで調べても

情報がまったく出てこないので確かでとは言えない(すまん)
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上陸して最初に俺らを待っていたのが建てられたばかりっぽい教会だ
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次に待っているのがバナナ先生
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この島で生活している人もいるので、教会の横には学校があり、子供たちの遊ぶ遊具も設置されている
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犬に横目で歓迎?されて教会に近づいていくと
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看板を発見、このNPO団体がここを建設したみたいだ
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隣接している学校を覗くと子供たちが俺らに気が付き授業中にもかかわらずに近寄ってきてしまった。
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教室内には眠っている子供もいた(はみ出ている!が子供だからOK)
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子供たちが外へ出てきて、教室はもぬけの殻となってしまった(汗)
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教会の方はサンタクロース?が飾ってありこんな感じ
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子供たちに案内してもらい民家を通り、島の中を進んでいく
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ミサンガを編んで島に来る人達に販売している、これも大事な収入源となる
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案内の元にたどり着いた場所が、静かで緑が茂るこの一軒の家
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子供たちが『お化け屋敷』と呼んでいるこの家はポルポト時代に島流しにあった人達が殺さた後に

頭は家の中に山積みにされ、それ以外の部分は木が茂っている場所に埋められていたらしい

最近まであったらしいのだが今はもう跡形も無くなっている。
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トゥールスレイ以外にもこんな場所があったなんて…他にももっと知らないだけであるんだろうな

小屋を後にして船に戻ることに。

これは途中にあった井戸でユニセフが掘ったものだが、今はもう水は出てこなかった
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村の人が使っている石臼、この家で話を聞いたのだが、一体どれくらいの人が亡くなったのかも

何人が収容されていたのかも、詳しいことはわからなかった
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そんな事が行われていた島だが、子供たちを見ていると重い気持ちを吹き飛ばしてくれる
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子供たちに挨拶をして、船に乗り島を後にした。ゆっくりと進む船に揺られながら

いろいろ考えよう…と思っていたのだが、普通は待っているのだがなぜか着いてきたツクツクの運転手

コイツ完全に遊びに来ているようだ、船の上で裸になって頭から水を浴びて顔を洗っていやがる

仕舞にはこのポーズ、ふざけんなよテメー道に迷った挙句に昼飯まで奢らせやがって(怒)
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考える気も失っていくわ、と思いながら船は元の場所へ到着、すると船着場のおじさんが

向かいにある寺院も見て行けと言うので足を運ぶ
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実はこの寺院の中に、さっきの島ので見た家にあった骨が移されていたのであった!!

写真は載せられないがたくさんの骨が置かれていた…


重い文章ではペンを置けないので、最後は子供たちの笑顔で〆ます。
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category: 俺@Cambodia

プノンペン独立記念塔&スラム 

俺らはR君に聞きプノンペンにある強制退去予定地区であるスラム・プディングへと向かう
                           (↑名前を忘れたが多分あっていると思う)
ホテルからバサック河の方に向かってツクツクに乗り進んでいく、途中に見えてくるのは

フランスから完全に独立を勝ち取った記念に建設し、1954年に完成した独立記念塔です。
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周囲には緑が植えられていて、人々が遊べる公園のようになっています。
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その通りから少し入っていくと、わずか4Mほどの道を挟んでまったく違う2つの建物が見えてくる

左にはスラムのアパート、右には建設中のアパートが向かい合っていた。
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まだこのアパートでは多くの人が生活をしていた。
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この奥は空き地になっていた、昔に大きな火災があったらしい。
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噂によれば、政府が立ち退かない住民を強制的に追い出すために、火を放ったとも言われている

そんな空き地にブルーシートの小屋やバラック小屋(災害があった跡地に建てる仮設住宅)

で生活している人も大勢いた。
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リヤカーを引きゴミを集めて何とか生活している状況。
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おばさんに何をしてるのか聞くと、ドラム缶でトウモロコシを茹でていると教えてくれた。
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多くの子供たちもこの場所で生活をしている。
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この町は今、未曾有の建設ラッシュ、この周りには大きなホテルやアパートがどんどん建設されている

この囲まれた奥の空き地にもいずれは大きなビルか何かが建つのであろう。
↓↓↓



このスラムの周辺には日本食のレストランも多く見られる。
↓↓↓






もしこれが日本人の観光のために(日本人だけではないが)建てられたものならば

そのために住んでいた場所を、今までの生活を奪われた人達はいったい何を思うのであろうか?

今までのプノンペンと、これからのプノンペン、あまりにも違いすぎるこの町の2つの顔を

一度に見てしまったのである…

日本も昔はこうだったのだろうかと考えながらホテルに帰ったのでした。



これは関係ないけど、帰り道で見つけたミニチュアのアンコール・ワット
↓↓↓



category: 俺@Cambodia

takuji@クルサーリッリエイ② 

takuji@クルサーリッリエイ①の続き 

「~大雨~」

なんやかんやで子供にも慣れてきて、子供も慣れてきてくれるようになり

俺らも頻繁に顔を出すようになってきていたある日、雨季のこの時期特有のスコールが降ってきた。

家の中に入り雨宿りをしていたんだが、家の中は雨漏りがひどくて、水溜りになったりもした。

最近はあんまり雨が降っていなかったのだが、久しぶりの大雨、早く上がればいいのにと

思っていた時に、外を見ると子供たちが裸になって大ハシャギ!!
↓↓↓



↓↓↓小さい子はパンツまで脱いで真っ裸、気持ちよさそうに雨に打たれていた。



                  


                                     


そんな中、クルサーリッリエイの子供たちみんなのお母さんがバイクで帰ってきた、

お母さんはいつも俺らにニコッと微笑んでくれたり、

イスを用意して座らせてくれるやさしいお母さんだ、この日もニコッと挨拶をかわした。

するとそのまま、お母さんがビショビショになることなんか気にもしないで、

小さな子供たちを集めて、順番に石鹸で体をキレイに洗い始めた、その行動に

俺は正直ビックリしてしまった、雨で体を洗う!? 俺の中では信じられないとさえ思ってしまった…

でもこれって、今そこにあるものを最大限利用しているだけのことじゃないのか?

ビックリしている俺なんか気にせずに、お母さんは子供たちを洗っていく、その姿を見て

うまく言葉には出来ないが、俺は思わず感動してしまった。
↓↓↓



さらに子供たちは、お母さんのバイクを、みんなで集まり洗い始めた、

ボロボロのタオルと先が磨り減った歯ブラシで、小さな子供たちが小さな手で

ドシャ降りの雨の中で、楽しそうに笑いながら一生懸命に洗い上げた。
↓↓↓



この日このクルサーリッリエイの家族の絆というものを少し見れたような気がする、

本当にみんながみんなの為に、大きい子は小さい子の面倒をちゃんと見るし、小さい子は

大きい子の言うことをちゃんと聞く、そういった関係がちゃんと出来ていて、

お母さんを中心として、本当の家族なんだなって思えた。


「~学校~」
何度か通っている中で、俺らは何度か子供たちと一緒に勉強をした、したと言うよりも

俺らが日本語を教える立場に、いわゆる日本語の先生ってわけだ、もちろん難しいことを

教えるわけでもなく、俺でもなんとか?書ける「あ・い・う・え・お」の五十音の読み書きだ。

これなら俺でも自信を持って教えられる♪(←あたりまえ)

教室に入って、生徒(子供)の前に立ち、得意気に字を書かせている自分に酔いながら

子供からの英語による質問には困りながら授業を進めていく。(授業、生徒、先生だって俺が(笑))
↓↓↓



                    


↓↓↓これが俺の生徒(笑)が書いた五十音、なかなかのもんでしょうが♪



ここの子達は英語も話せるし、日本語も話す子がたくさんいる、俺は日本語オンリーなのに(苦笑)

もっと勉強して出直さなければと密かに思った(笑)


↓↓↓これは、日本語の授業中にある女の子が描いた絵、この女の子はいつも同じ絵を描く。


多分左がお母さん、真ん中がクルサーリッリエイの家、右が花、下のは…わからない。

この絵をみて、俺はこの子がこの家とお母さんが大好きなんだなって感じた。

「~ありがとう~」

この日一人の男の子に会った、彼に「いくつ?」と聞くと「多分18歳です」と答えた

多分?彼は自分の年齢がいくつなのかがわからないらしい、そんな子がいるという現実を

身をもって初めて知った、その後も彼は日本語で一生懸命俺と話そうとしてくれた、俺も

彼と話したいので一生懸命に話を聞き、俺も出来るだけわかりやすいように日本語で話す

彼は絶えず笑顔で話してくれる、もう少し話したいが、ホテルに戻る時間が来たので別れを

告げると、彼は何度も「ここに来てくれてありがとう、本当にありがとう」と手を合わせて

言ってくれた、俺はここに来て、彼に「ありがとう」と言われることは何か出来たのだろうか?

彼はいったいどういった気持ちで「ありがとう」と言ったのだろう?変に勘ぐってしまう俺がいる(悲)

でも彼が「ありがとう」と言ってくれたのは、俺でも何か出来たからなのかもしれない。

彼の言葉は今もずっと心に残っている。俺は必ずもう一度ここに来て(もう少し英語の勉強をして)

彼らや子供たちと話をしよう、もっといろんなことを聞こう、今回感じた疑問や言葉に出来なかった

事をあらためて考えて出直してこよう。これがクルサーリッリエイで感じたこと、見たことでしたとさ。

↓↓↓クルサーリッリエイのアドレス
http://kruosarikriey.hp.infoseek.co.jp/

category: 俺@Cambodia

takuji@クルサーリッリエイ① 

これはシェムリアップの話なんだけど、俺らはブログにも何度か出てきてる

カンボジアでお世話になっているR君に連れて行ってもらい、

とある孤児院へ行った。

俺は孤児院なんて行った事ないし、子供もあんまり得意ではない(汗)

だから最初は正直なところ好奇心だけで行ったみたいなものだ、

自分の知らない場所は知りたいし、孤児院なんて初めてだし、

ものすごく興味があったので行くことにした。

もちろん何回も通っていくうちに、来れてよかったと思えるし、

もっとこの子達と会話をしていきたくなったし、遊びたいし、

またこの子達に逢いに来ようと思えるようになった。

その孤児院はクルサー・リッリエイ(幸せ家族)という名前で、

子供達みんなで考えた名前なんだって、俺はこの孤児院しか

行ったことがないが、ここは他とは違った状況におかれていて

そのことは俺の言葉で説明するよりHPを見てもらったほうが

絶対にわかりやすいので、そっちを見てくださいな。

HPアドレス↓↓↓
http://kruosarikriey.hp.infoseek.co.jp/


クルサーリッリエイはシェムリの大きな通りに面した

別の孤児院の敷地を通ってさらに奥に入った場所にある小さな院だ
↓↓↓


遊具なんてほとんどなくて、イスがひとつ壊れたブランコと、

トタンでできた滑り台、滑る部分の上の方が剥がれていて

下手したら大怪我をしてまうのでは?というような状態だ。
↓↓↓

   


日本なら絶対にそんな遊具では遊ばせないだろうと言うような遊具で

子供達は上手に遊んでいた。
↓↓↓





最初にここに来たときには、子供達はあんまり懐いてくれなかった

でも毎日少しずつ通うようになってからは、徐々に話してくれたり

笑ってくれたり、手をつないでくれたり、膝の上に乗ってきたり

絵を描いてくれたり、そんな風に接してくれるようになってきた。
↓↓↓

  




  



PCを広げてここのHPを作った方が撮った写真に集まって見ている。
↓↓↓



こいつらは中学生くらいの年齢、俺のしているサングラスをいつも奪って

自分ではめて必ずポーズをとる、いったい何のポーズやねん?(笑)









この2人は特に仲がよくなった2人で、俺らが行くといつも絡んで来て

ちょっかいを出してくる、左の子は絵がすごく好きで俺のTATOOに

すごく興味を持っていた、右の子は勉強ができて、何度かサッカーや

バレーをしてる姿を見たがかなり上手い、俺なんてボロボロにされた(悔)
↓↓↓



でも、この子達に才能があっても、果たしてその才能を開花させられる

方法はあるんだろうか?美術の専門学校に行って学んだり、スポーツクラブに

入り毎日練習していずれはプロに、なんて事が出来るのだろうか?

俺は自分の意思で学校には行かなかったが、行きたくてもいけない子が

居るって言うことを実感して、初めて行きたくても行けない子の事を

初めて本気で考えた…。

ここには小さな子供達もたくさんいる。みんな毎日楽しそうに

笑って過ごしている。

↓↓↓ブカブカ靴で転んでしまった(笑)



↓↓↓KISS ME?



↓↓↓こいつめ、カメラを向けたらこのポーズ…ズルイぞ、ギザかわいい(笑



↓↓↓この子はずっと念仏のような言葉を唱えていた(謎)



↓↓↓この子は最初は懐いてくれなかったが、今ではすっかり仲良くなった



↓↓↓上の写真の子もそうだけど、何がナイショなんだ???



空気の抜けたサッカーボールや割れたフリスビー、輪ゴムで作った縄跳び

バトミントンのシャトルのようなもの、そういったものを本当に大事にして

この子達は遊んでいる。

↓↓↓屋根の上に載った遊び道具を取る相棒と、それに群がる子供達(笑)



↓↓↓滑り台は時には洗濯物干しに変化する。



いろんな場面で気が付いた子が、気が付いた事をちゃんとする、

誰かにやってもらおうと言う考えはないんだろうか、

俺なら人任せにしてしまうことも多々…ある、ありますよそりゃ~(怒)



↑↑↑
洗濯物もちゃんと自分で取り込む、俺があの年のころは…やってた、うん

確かに自分でやってた、俺の場合は洗うとこまで自分でやってたな

そういえば、うんうん、本当に手のかからない子だった…やんなぁ母ちゃん?

まぁそれはどうでもいいとして、このクルサーリッリエイのことは

もう少し書くので「takuji@クルサーリッリエイ②」を見てくださいな。

category: 俺@Cambodia

ポル・ポトが残したもの。。。 

俺らはシアヌークでスネ毛を抜かれた女Mちゃんとこっちで新たに知り合った

三重県出身のD君と岐阜県出身のNちゃんの合計5人でツクツクを捕まえて

トゥールスレイ刑務所に向うことに。

ここは元々は学校だったのをそのまま刑務所にして、それをそのまま博物館としている。

確かに、学校だと言われれば学校に、刑務所と言われれば刑務所に見えてしまう。
↓↓↓



建物は何棟かあり各棟の部屋に入れるようになっている。

部屋の中には拷問のときに使ったベッドや器具がそのまま残っている。
↓↓↓



こっちの建物は1~2階が独房で有刺鉄線が張り巡らされていて逃げられないようになっている。

3階は行けなかった。
↓↓↓



中に入ると、一階はレンガを積み上げてつくられた独房が左右に並び、奥のほうまで続いている。
↓↓↓



独房の中はタタミ一畳もない部屋で、繋げておくための鎖が生々しく残っている。
↓↓↓



2階も同じような独房でこっちの方は木でつくられていた。
↓↓↓






他の建物には殺された人たちの白黒写真がただたくさん並んでいる部屋、中には子供の写真や

女性の写真、顔がはれている人の写真もたくさんあった、拷問器具やその拷問器具を

どのように使ったかなどの絵が描かれていた、気持ちがドンドン沈んでいく

ここでは写真はあまり撮りたくなかったので撮ってません、

俺的には撮った写真を載せるのもどうかとも思うしな。

当時この刑務所には2万人が収容され生きて出られたのはたった6人なんだって

その人たちの現在の写真が飾られている部屋もあった(←英語がわからんかったが多分生存者の写真)


~キリングフィールド~

刑務所で気持ちも落ちた、このままさらにキリングフィールドへ向う。果たして持つのか俺らは?

ポルポト政権時代に罪のないカンボジアの人々が数え切れないほど殺された場所。

町の中心部から離れていて、田んぼが広がっている静かな場所にキリングフィールド建っている。

この建物の中には誰のものかわからない頭蓋骨が棚に何段も山積みにされて

下には一緒に見つかった衣服などが置かれている。
↓↓↓


見に行った俺が言うのもなんだけど、何で骨を埋めてあげないんだろうか?

当時の悲惨さを伝えるのにこうして本物の骨を人目につくように置く必要はあるのだろうか?

う~ん、わからないな俺には。

裏の方にまわっていくと幾つもの掘り返された大きな穴があり、そこから大量の人骨が見つかったらしい

各穴には看板が立てられて、看板にはその穴で見つかった遺骨の数や、

子供の遺骨が何体出てきたなどが書かれていて穴の上には屋根がつくられていた、

今ではこんなに緑が茂っていて静かな場所なのに、多くの人がここで殺されたなんて

信じられない。俺は見ていないが下を見て歩いていると、歯や小さな骨が所々に落ちていたらしい。
↓↓↓



これは処刑する人を吊るした木で、その時の悲鳴がスピーカーのようだったと書かれているらしい。
↓↓↓



気持ちが沈んだままで岐路につく、道中のツクツクのでは…ほぼ無言

何か話さなければ落ち続ける一方だ、無理やりにでも会話をして、落ちた気持ちを誤魔化しながら

ホテルに戻って行きましたとさ。

そして、この後シアヌークへバカンスを探しに旅立ちました。

category: 俺@Cambodia

バ~カ~ン~ス~~~♪♪♪ 

7月2日 

暑い、毎日が暑い、カンボジアに入った国境からプノンペンのスモーキーマウンテンや

キリングフィールド、今まで回ってきたところは本当にいろいろ考えさせられる場所ばかりだ

それはそれですごい経験だ…しかし重過ぎる(汗)たまにはハイテンションになりたい!!

まぁブログで書いてないとこでそれなりにはハイなんだが(笑)

タイにいた時に映画「ザ・ビーチ」の撮影が行われたピピ島に行こうと考えたが

相棒に「俺らはバカンスに来たんじゃねー(怒)」と言う、俺の訳のわからないこだわりで却下

相棒よ、俺が言った「バカンスじゃね~」発言を撤回させてください。

楽しいことが大好きです、海が大好きです、浜辺ではしゃぐのが大好きです、

海の家のビールが大好きです、照りつける太陽もビーチでなら大好きです。

『バカンス♪』とてもいい言葉だ、今度生まれ変わったら俺はバカンスになる!!

俺は「バカンス」と結婚して、2人のバカンスを育てていこう???←(言いたいだけ)

というわけで、俺らはこっちで知り合った神奈川出身の28歳のM君と広島出身の19歳のMちゃんの

4人でカンボジアの南東約300kmにあるシアヌークビルへGO~~~♪

↓↓↓あと少しで愛しのバカンスに~~~~



とりあえずビーチ沿いにあるG.Hにチェックイン。バンガロー式になっていて、俺ら男3人で一部屋

Mちゃんがシングル一部屋を借りてビーチへ向う




↓↓↓これがオーチティルビーチ、今はシーズンではないので人はほとんどいない、

たまにチョコチョコ欧米人がいるくらいかな。


客があんまりいないので俺らの周りには物売りのおばさんやマッサージのおばさんが集まってきた

そんなおばさん連中との攻防が繰り広げられている中、Mちゃんが戦いきれずに、

結局スネ毛を抜かれるハメに(捕)別に俺らの目の前でせんでもエエやん(汗)

糸を使って器用に抜いていく。
↓↓↓


いや、ほんまに何でも商売ですなぁ~。俺も近寄ってきた女の子からオヤツを買うハメに

年を聞くと14歳、さすがにこの年になると口も上手くなってきておじさんもついつい買ってしまった。


さて、次の日はさらに奥のほうの、まだあまり観光地化されてないオートレスビーチへ

バカンスを探して移動する。

オートレスビーチには海ギリギリでバンガローが建っている。でも町の中心部から少し遠いので

ここには泊まらなかった、でも目の前が海なんてサイコーやん
↓↓↓




下へ行くとこんな感じ。ここも俺らの貸しきり状態、砂浜も白くてキレイだった、

あと何年後かには開発されて観光客で溢れるんだろうな。

…アレ?今、人がいないのはひょっとしてシーズンじゃないからかな?  まぁいいか




しかし貸切ということは他に人がいないと言うこと、もちろん物売りのおばさんもいない、

しかし人間てわがままですな、いるというで面倒になるのに、いないと物足りないし少し寂しい(涙)

しばらく貸切の海で過ごして、結局昨日のビーチに戻っていった(笑)


~7月4日~

俺らはさらに北西の方に行ったビクトリービーチへバカンスを求めて移動した。

ホテルは夕陽が見える部屋を10㌦で借りた
↓↓↓


ホテルからの景色はこんな感じで、海の向こうに日が沈む
↓↓↓


本来はこんなに高い部屋は考えるのだがワリカンすれば1人3㌦少々、安いもんだよ、

ハイシーズンなら倍以上すると言ってたし、即決で決めて、気持ち早足でビーチへ。

ここのビーチも貸しきり状態、日本で夏が終わった海みたいだ。

イスとパラソルとヤシの木が本来の力を発揮できず暇をもてあそんでいる。
↓↓↓





せっかくのいい部屋なので今日は部屋でゆっくりしようという事で、ホテルに戻って

夕陽鑑賞会のスタート。ゆっくりとご覧くださいな(笑)
↓↓↓











雲があってもそれはそれ、なかなかいいもんだ、こうして今回のバカンスは終わった、この先も

俺の知らないバカンスに会えるだろうか?いや無理にでも会いに行く、そう心に決めた夕陽でした。。。

俺らのいてたビクトリービーチ周辺の町は夜になるとどこからか女の子達が集まってきて

いろんな誘惑が待っていますよ(笑)

この町も今、外国人がいろんなホテルやレストランを出してきていて、あと何年かしたら

もっと観光地化されていくんだろうね、…このままでもいいような気がするんだけどな。

さらにカンボジアは世界でも指折りの安さでダイバーライセンス取得できるんだってさ。

category: 俺@Cambodia

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