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拓二どこにいるの?

 

ハノイ駅からの奮闘 

8月24日

ベトナムと言えば『ハロン湾』と思っていた俺らは出会う人達に、

ベトナムと言えば『サパ』と言われてそうか『サパ』か!となり、

この日、少数民族が暮らす高原地帯サパへの移動のためにハノイ駅に向かう

ホテルで会計の際に少々の『トラブル』が在ったのだがそこは難なくクリアー。

えっ? 『難なく」かって? バカにするんじゃないよ、

どれだけの国で俺が日本語で戦ってきた事か、TVがある時にはMTVで洋楽を

聞いたり、音楽だって洋楽を聴いてるんですよ、

他国の旅人とも会話して、俺なりに勝手に解釈したりと、

それらで学習できる程度の『難なく』ですよ(笑)

『難なくクリアー』出来る問題はありましたが、無事ハノイ駅には6時頃に到着した。
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これから先、いつ俺の味覚が感じる事が出来るかわからない感覚を味あうために、

ある一軒の店に入って必死に味覚に憶えさせる。
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味覚が味を憶えた所でプラットホームに向かう。
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コイツに引っ張られてサパへと向かう。
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車内はこんな感じで天井には扇風機が無数に回っていて薄暗い、オールローカル人車両だ、

最初は少し警戒していたが話していくとみんな良い人ばっかりだった、

俺のだ・い・す・きなチョコをくれたりアメをくれたり、

ベトナム語を教えてくれたりと、警戒心なんて持った俺が恥ずかしいくらいだった。
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予定よりモチロン30分ほど遅れ、22時半に電車は出発だ、まずまずの遅れだ。

一番安いシートなので木製…ケツが(涙)これまで数多くのシートと戦ってきた俺のケツ、

今回の木製のシート過去最強の硬さを持った強敵だ、戦えるのか俺のケツ? 奮闘して

いるうちに周りの人達の睡眠の時間がやってきた

対面4人掛けの木製シートで4人が寝るのはかなり狭い、すると向かいのオジサンがカーテンを取り

それを持ってシートの下へ敷きそこに潜り込んだ!!!
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そんなのアリ?? 驚いて周囲を見渡した俺が目にした景色は!!!!
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う~ん、ベトナム的就寝スタイルだ。 俺らはさすがにベトナムスタイルには馴染めずに

木製シートvsケツのケツを応援しつつ、更に追い討ちをかけるような『子供』という

シート以上の強敵に『睡眠妨害』と言う攻撃をされ続け、

眠れないまま大変快適な寝台列車の旅を過ごしたのであった(涙)

コイツが最強の攻撃『睡眠妨害』をしてきたラム君9歳、

所属部隊ベトナムである。まぁ可愛い奴だったけどな。
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朝8時にラオカイ駅到着、乗り合いバスに乗って海抜約1500Mの所サパへと向かう。

このバスで今後毎日会うオーストラリア人のベンと遭遇。
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棚田が山間に広がっているのだが、あいにく天気は曇り(悲)
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30㌔ほど走ったところで到着
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中心から少し離れているが、景色もよく一泊が1人2㌦の交渉に成功したホテルに宿泊、

今はシーズンオフなのでかなり強気で交渉できる(勝)

雲? 霧?があるがなかなかのマウンテンビューだ
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広いテラスから覗いたサパの町並み、小さい町で30分ほどで一周できてしまう。
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少し晴れてきたので、溜まっていた洗濯物を干す。
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寝不足だがジッとしてられない、ホテルの子供に見送られて、町を散策に出かける。
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町はホテルやレストランが並んでいて、俺が想像していたほど田舎ではなかった。
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壁にはモン族の人達のハンドメイド品が並ぶ。
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ひとたび町に出れば多くの民族で組まれた『少数民族部隊』が土産物を持って

「バイ フォー ミー」と言ってに襲ってくる。

しかもかなりのしつこさだ(汗)いらないと言っているのに

「なぜ要らないの」と言ってくる…勘弁してくれ(涙)

そうこうして町を散策? 回避? しているとバスで一緒だったベンを発見、

なんと彼は1人で10人ぐらいのモン族と奮闘していたのだ!!

ベンの無事を祈り、巻き込まれないようにコソコソ横を通り過ぎる。
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町にいる民族の人はほとんどが女性、小さな子供を背負って一日中町を歩き回っている。
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彼女はモン族の女性でサーと言う、一番仲良くなったモン族だ、彼女は俺に無理やり物を売ってきたりはしない

逆にミサンガなどをプレゼントしてくれたり、かなり良くしてもらった♪♪♪
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しばらく町を歩いていると前からベンが歩いてきた、無事生還かと思いきや、手には大量の土産物を持っていた

「殺されるとこだった」と命からがら財布カラカラで逃げてきた彼は言っていた(笑)

このおばあちゃんは、俺らがモン族にブラケットを広げられて囲まれている時に、

1人だけ口にくわえて指で弾いて音を出す楽器ビヨンビヨン(←名前がわからないので俺がつくった)

を持ってかなりの耳の近さで演奏しだす、その時の顔の可愛さに負けた。

そんな顔ズルイやんと言いながら、結局1つ土産物を買ってしまった
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小さな町なのに、モン族による『バイ フォー ミー』の波状攻撃によりコテンパンにやられた俺らは、

息を求め、屋台でコーヒーを飲む事に、コーヒーと看板娘のリンちゃんに癒される
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と思ったの束の間、このオアシスも天敵『少数民族部隊』に発見され、

また『バイ フォー ミー』攻撃をくらうハメに(涙)

もう、俺らの安らぐ場所はホテルしかないと、暗がりの池の端を通りホテルへと敗走したのであった。
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町には少数民族が大勢居てバイクに乗り近くの村から毎日やってくる、

バイクに乗っている少数民族、携帯電話で話している少数民族、

ネット屋にいる少数民族、勝手に俺が想像していただけなのだが…何か違和感が

町はもっと田舎でバイクなんか走っていなくて、携帯もネットもないようなのどかな場所を

想像していたのだがそうではなかったみたいだ。

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category: 俺@Vietnam

ハノイの町の雑感 

8月18~24日 

俺らはさんざんラオスの山奥に居たので、久しぶりの大都会ハノイで必要な物を揃えたり、

情報を集める為しばらくハノイに滞在していた、その間に撮った街の写真を一挙大放出する事にした。

俺らがベトナムでよく使っていたシンカフェ、ハノイにはシンカフェを名乗る偽者のツアー会社が

いたる所にあった、それほどシンカフェと言うのは信用があるのかもしれない、

これはハノイにある本物のシンカフェ、隣にも偽者があるのだがどんなズウズウしさだ!
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泊まっていたホテルの近くの建物、一軒家なのかアパート?よくわからない、そんな建物が多かった
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全て竹で出来たカゴ? これにいろんな物を乗せて、女の人達が町を歩き回る、

こっちの女の人はよく働く人ばっかりだ、でも何故かガニ股の人がほとんどだった、

キレイな人も可愛い人も…残念だ(悲)
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このようにして商品を運ぶ、売っている物は、果物・野菜・ブラジャー・パンツ・シャツ・etc etc

時にはこれを観光客の方にのせ(無理やり)お金を取ろうとする不届き者まで現れる始末だ、

ここでも見せ付けられた!ベトナム人の商売根性、何でも商売デッセ(笑)
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これは山積みになった練炭、ベトナム人のバランス感覚はズバ抜けているのかも!!

この練炭で夜になると道に七輪を置きゴザを敷きスルメを肴にビールを飲む、

これがベトナムスタイル、いいですか、歩道ですよ!歩きにくいったらありゃしない(避)
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~土産物編~

ミニ笠、町を歩く時の必須アイテム。観光客向けに試行錯誤の末に開発された一品
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この辺りは旧市街で『ハノイ36通り』ここら辺一帯はホテルや土産物屋、生活雑貨が通りごとに並んでいて

問屋街みたいになっている。

俺は方向音痴では無いはずだが、同じような建物ばかりで、

この町だけは憶えられなくて何度道に迷った事か

これは祭り事で使う物を取り扱っている店(注意・土産物じゃない)
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何なのかワカラナイ被り物
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ザルに書かれた顔、2つとして同じものはない、オンリーワン商品だがこれだけ並ぶと…ちょっと怖い

ちなみに購入した人を滞在中に見たことはない(笑)
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夜店に並ぶTシャツで出来た壁、半端な数ではない
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赤ちゃん専用帽子、大人の方はご遠慮願います。
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赤ちゃん専用服、大人の方はモチロンご遠慮願います。
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ハノイの町は夜でもかなり賑っているのだが、一本通りを外せば暗く怪しい道が通っている。
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~食事情~

レストランはたくさん在るのだが、貧乏旅人の俺らには高い、高すぎるのだぁ~ 

KFCも在り3回ほど味を占めて行ってしまった、そういうものが食べたくなるのよ、

長く旅行をしているとLOVE ジャンクフードですよ。

しまいには店員の女の子が「ハァ~イ」と声をかけて来てくれるまでとなった(笑)

それ以外は殆んどが屋台で済ませた、屋台のシステムは並んでる具を選んで乗せてもらい美味しく頂く

具によって値段が違うようになっている。この店はご飯の上に具を乗せて15,000ドン(約90円くらい)

味の方はかなり美味い、昼は殆んどこの店で食べた
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夜ご飯は食堂で同じ様にご飯を頼んで、具を選んで食べた、

普通のレストランよりも屋台や食堂の方が安くて美味かったかもしれない。
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『ハノイ36通り』の昼間の風景だがこの通りが週末の夜になると!!!
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歩行者天国になって屋台で通りがうまり、人で残りの部分がうまる、

しかし残念ながら売っている物は…ほとんど同じ
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ある日、サパ行きの電車のチケットを買うため、レンタバイクで駅を探しに出た、

その時の橋の上にあった落書き。
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無事チケットを購入成功。その日の空模様をご覧ください。
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ハロン以外は特に観光もしていないので、載せられる写真が町の雑感しかないけど、

まぁ見てやって下さいな♪♪♪

タバコの葉っぱを竹の筒を使って吸っているおじさん。俺らもトライしたが…キツ過ぎて惨敗
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ちょっとした落書きがイチイチ可愛い
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俺の好きな音楽のイベントのポスター、残念ながら終わっていた
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お気に入りのゴミ箱、こんな可愛いゴミ箱ゴミなんて捨てられないですよ(笑)
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マーケットに売っていたカラフルな電話機
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デパートに吊るされていたチョウチン? ボンボリ?
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屋台のドリンクメニュー
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~町の看板編『みなさんカンバンワ』~(←古い)

町を歩いていると可愛らしい看板がよく目に付く、その中で俺が気にいった看板を見てくれ
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特に気にいっているのがこのコインランドリーの看板
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こんなん感じで6日間のハノイ滞在を終えてサパへと向かったのであった、

サパまで10時間ほどの夜行列車には様々なクラスがある。
1. Hard seat(硬椅子),
2. soft seat(柔椅子),
3. 2等寝台扇風機マットなし(6人部屋),
4. 1等寝台 エアコン マット付 (4人部屋),
5 木調の内装のエクゼクティブクラス,
6 Oriental Expressクラス.

シートによって値段が違う、俺らの買ったのは一番安いHard seatで98,000ドン(約650円くらい)

soft seatになると値段が倍になる!! 寝台車になると…恐ろしくて聞けなかった(笑)

何にしても、お金を払えば楽に優雅に早く簡単に物事が進んでいくのだと、この旅で身に染みてわかった

でも別に楽に優雅に早く簡単に物事を進める気はないのでいいんだけどね♪
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category: 俺@Vietnam

ハロン湾② あの探検隊再び… 

ハロン湾のクルージングの後、ツアー行程に含まれている洞窟へと向かう

皆さんお気付きでしょうか? 俺が洞窟に入ると言う事は、あのナレーション無しでは始らないので

皆さん声を出してご一緒にどうぞ
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『伝説の探検隊再びハノイにが帰って来た!世界遺産の湾に鍾乳洞トンネルは実在した、

大自然の脅威に挑む、超ハード・アドベンチー!

「地球には、未だ解明されていない謎が残されている!」

日本中が熱狂?した伝説の冒険エンターテイメント続編“新”探検隊を率いるtakuji

灼熱の太陽の下、突如、森の中から牙をむく、獰猛な生物を捕らえ。幻の部族に接触?

文明の利器も歯が立たない、難攻不落のフォンニャ洞窟に挑んだ、あの探検隊が遂にベトナムに上陸!!

前人未到の洞窟で自然が創った誘惑を見た、彼等に待ち受けているのは…』 という事で

とある島に上陸、桟橋を渡って入り口へと向かう。
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最初に待ち受けていたのは!! あっ!危ないペンギンだ、

「相棒よ気を付けろ、口から何か出しているぞ」
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この洞窟の名前はティエン・クン鍾乳洞と言うみたいだ、嫌な予感がするぜ。
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鍾乳洞内はひんやりとしていた、灼熱の太陽に照らされていた俺らを油断させるつもりだな
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不気味な光だ(汗)
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あそこに光が見えるが油断するな、ワナかも知れないぞ。
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そうやって眩い光で俺らをおびき寄せているつもりだろうが、そうは行かないぞ
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K隊員「隊長、これは何ですか?」
俺「バカ野郎、触るんじゃない、もう少しで火傷を負う所だったぞ」(注・完全に妄想)
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次に俺らを待っていたのが『地底クラゲ』の大群だった
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うゎぁ! 囲まれた、ガイド、ガイド待ってくれ、俺より先に行かないでくれ。
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地下水が湧いていやがる、怪しい光が反射して鏡のようになっている、俺らを迷わす気だな!
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みんな大声を出すなよ、声を出したら反響して上の鍾乳ツララの餌食になるぞ
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うぉ!! 地底クラゲだ、これほどまでに成長しているとは、

幸いにも今は繁殖期じゃないからおとなしいが、繁殖期に来ていたら…ゾッとするぜ
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恐怖と不安で俺等の体力は限界に近づいてきている、その時!!! ガイドが狂ったように笑い出した

ガイド「アハハハハハ、男性諸君見てみたまえあれを、一体何に見える?」

そう言って狂ったように笑い出したガイドが指を差す、

恐る恐る振り返る俺、その時俺の目に飛び込んできた物は!!!
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女の乳房に変形した岩だった! ガイドは狂ったように笑っている。このままではマズイ!

みんなやられてしまう、この窮地を脱出すべく、ワナかもしれないが光の差し込む方へと逃げ出した。

先に出て行った隊員からの返事もない、だがこのままでは我が隊は全滅だ、意を決して光のほうへ進んだ

そこは地上への出口であった、ガイドも正気を取り戻したようだ、もう一度下を見下ろしてゾッとした

後数分遅ければ… 恐怖で膝が笑う、地底洞窟で大自然が創った誘惑を見たのであった。。。
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眼下の入り江には我々の乗ってきた船が静かに待っていた。
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こうしてティエン・クン鍾乳洞の探検は終わった。

あれだけの危険の中、負傷者ゼロという快挙を成し遂げて船へと戻るのであった、

しかしまだ油断は出来ない、辺りの森には獰猛な生物が生息しているかもしれない
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こんな感じでハロン湾ツアー終了、ハロン湾ももっと晴れていたらキレイだったのに、

今回は薄い霧が立ち込めて、ハッキリとした姿が見えなかったのが残念だった。

今回探検に参加できなかった隊員の子供、どうやらスネている様子
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もっと大きくなったら我が隊に入れてやるからな~、それまで経験を重ねておくのだぞ。
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疲れ果てた帰りに立ち寄った休憩所、

名前も知らない町で、ふと見上げた空が名前も知らない色に染まっていた
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名前も知らない歩道橋に登る、名前も知らない子供が

「おーい おーい」と空に向かって呼びかけていた。
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名前も知らない歩道橋の上の、名前も知らない町のおじいちゃんと孫
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名前も知らない道路を、名前も知らない人達が走っている、もちろん俺の名前も誰も知らない
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名前も知らない町の空が、名前の知らない色の濃さに染まって行く
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名前も知らない子供は、名前も知らない空をずっと眺めていた、名前も知らない子は、

名前も知らない空をみて、いったい何を思っているのだろう。。。
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名前も知らない町を後にして、ハノイへと帰って行ったのであった。

名前も知らない運転手が、途中で思いっきり名前も知らない運転手のトラックに当て逃げして

一目散に帰って行った、少し走ったところで名前も知らないガイドが「大丈夫ですか?」と聞いてくる

…聞くのが遅いわ(笑) 

終わり。

category: 俺@Vietnam

やっとの事でハノイ到着 

8月18日

べトナムに入ったのでもう安心、宿もバスターミナル内だ余裕をかまして

ハノイ行きのバスを前日予約、ユックリタイムの10時にしておいたのだが

ターミナル内というのが大失敗、朝も早よからクラクションが鳴り響き熟睡なんかさせてもらえない
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オレタチハドコヘイケバヤスラゲルノデスカ??

仕方が無く起きて朝食を食べに行き、その足でバスに乗り込んだ。

出発の時間まで外を眺めていると!! 自転車にバイクを2台積んだ強者発見!

オッちゃんオッちゃん、それはやり過ぎだろう!?

こっちの人は自転車でも車でもバイクでも、載せれる物=運べる、と言う式が出来ているみたいだ(笑)
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今回のバスは割と時間通りに出発した、もちろんピックアップ式なので

STOP&GO+BACKをしながら進んで行く、しかもピットインのオマケ付きだ、

そんなもん最初からやっておけよなぁ~
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別に急いでないからいいんだけどな、途中で壊れてしまう方がよっぽど困るし(寛大)
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何だかんだで7時間ほど走って17時にはハノイ(のどこか)到着

6日間で合計56時間のあいだバスに乗っての大移動が終わったのであった…長かった、遠かった(涙)

とりあえず安宿街へ向かおうと、話しかけてきたタクシーに乗りこんだ地図も何もないのだが、

ベトナムと言えば俺達の御用達のシンカフェがあるそこに行けば何とかなるだろうと、

運ちゃんに行き先を告げると「知ってる知ってる」と言っていた。

こうしてタクシーは走り出したのだがこのタクシーはおかしい、異常な勢いでメーターが上がっていく

このままではベトナムタクシー破産にになってしまう、すぐに「降ろせ」と言うのだが

しらばっくれて走っているのでムカついて「路肩に寄れ」キツく言ってようやく止まった

運転手に金を叩きつけて他のタクシーを捕まえ正規の値段でシンカフェに到着、

全くトンデモナイ奴がいたもんだよ、思い出しても腹が立ってくる。

また少しこの国がキライになってしまった(悲)

でも、そんな人ばっかりではないと言う事が、この後で出会っていく人達と話していく内に

わかったからこの国をキライと言う想いは薄れて行き、段々と好きになっていった。

宿も決まって町を散策して歩く、すると俺の中で絶滅していたと思っていたKFCを発見!!

考えてみればジャンクフードなんて、どれほど口にしていないか?

ラオスの山奥に居たときには草やトウガラシ、竹の子ばっかり食っていたし(悲)

相棒と2人で光り輝くKFCのゴールデンゲートを開け、久しぶりのハンバーガーに

ハノイの夜に俺等の舌鼓が鳴り響いたのであった(幸)
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この写真は俺等の移動の経路、どれほど大変だったかわかるかな??
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青線~緑 → 当初の予定ルート
   赤線 → 国境越え失敗後の新ルート


バスに乗っていた時間

☆8月13~14日 20時間 
  ルアンパバーン~サムヌア       これが一番辛かった

☆8月15日 3時間 
  サムヌア~ナムソーイ国境       最初予定していたボーダーへの移動

☆8月15日 4時間 
  ナムソーイ~ビエンサイ~サムヌア  まさかの出戻り
    
☆8月16日 9時間 
  サムヌア~シェンクワン         別のボーダーに賭けての移動  
    
☆8月17日 5時間             俺の中で伝説?
  シェンクワン~ナムカーン国境       『素知らぬ顔で国境通過大作戦』成功
   ナムカーン~ヴィン 8時間           
         
☆8月18日 7時間
  ヴィン~ハノイ              これは余裕シャクシャク♪  

6日間で合計 56時間の大移動となった。

category: 俺@Vietnam

『素知らぬ顔で国境通過大作戦』決行 

8月17日

遂にオーバーステイ初日を迎えてしまった(涙)何のために無駄な金をブツブツ…といっても仕方がない

朝7時にホテルの前のバス停に行きナムカーン行きのバスに乗る、

俺等を国境まで運んでくれるバスはこれ。かなりの歴戦を戦い抜いてきたベテラン選手、

コイツになら俺等の運命を任してもいいだろう(いいのか?)
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コイツで国境まで目指していく、俺等のほかに欧米人4人組み、

そして久しぶりに出会った日本人のおじさんである。

バスはもちろんピックアップ式なので、少し走ると中は一瞬ですし詰め状態となってしまう(狭)

日本人のおじさんにボーダーで追い返された事を話したら、おじさんもチケット&ビザなし俺等と同じ

条件らしい、唯一違うのは、おじさんはまだラオスビザが3日ほど残っていると言うだけ…分けてくれ。

「ボーダーで追い返された話なんて聞いて事がない、よし、俺が先に通ってやるから後からついてきな」

カ、カッコイイ!! 俺等2人して「ハイ♪お供します」と心強い味方が出来て少しほっとした、

このおじさん英語もベトナム語もラオス語も話せる万能タイプのおじさん、鬼に金棒とはこの事だ

もし国境で問題が起きても何とかなるでしょう♪

ノーンヘットという町でバスからソンテウに乗り換えて国境へ向かう、

20分ほど走った所で決戦の舞台となるラオス国境に到着
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ついに『素知らぬ顔で国境通過大作戦』決行の時がやってきた

建物に入り巨大な敵『イミグレーション』の前に並ぶ、

もちろんおじさんの後ろにピッタリとくっついて(笑)

一度追い返されているからかなり緊張する、欧米人4人組はかる~くクリアー、

次に条件的にほぼ同じのおじさんがラオス国に挑む → クリアー

更に条件は俺と全く同じの相棒が並ぶ → クリアー

よ~し、来てる、いい波が来ているよ、この波に乗り遅れたら一生ラオスで不法滞在、

再びバンビエンに戻って、ノックちゃん or 駄菓子屋の箱入り娘と結婚?

毎日がチュービングの日々を送る事になってしまう(それもイイかも(笑))

パスポートを渡し結果を待つ「オレ国を出ていいですか?」と心の中で訴えながら、

「押せ 押せぇ~ スタンプを プリ~ズ」小声で呟く → クリアー♪♪♪

しかもオーバーステイ分の料金も払わなくて済んだ、ラッキーとしか言いようがない

無事ラオス出国に成功、嬉しさのあまり、トラックの下でトランプしている人達にもささやかながら

心のガッツポーズをプレゼント
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寝ている人にもちゃんとあげましたよ、心のガッツポーズ。
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これさえ越えればもうベトナムに入ったも同然
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後はベトナム入国のハンコを貰うだけだ、しかしラオスのイミグレは小さな小屋だったのに

ベトナムの方はたいそう立派な建物だこと。
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井戸の中にベトナムと書かれた石碑?を発見、なんでこんな下にあるのだろう???
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ベトナム入国が無事に終わると花を撮る余裕さえでてくる。
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このままハノイまで行きたかったのだが、欧米人の人が言うには、直行便がないらしく、

一旦下に下がってヴィンという町に行き、そこからハノイまで上がるのがベストだと言われたので

一緒にヴィン行きのバスに乗り込んだ、久しぶりのエアコン付きのバスだった、

しかしバスの料金は完全にボッタクリ、ツーリスト価格って言ってもそれはないだろう(+3$)

高すぎるとゴネると、俺等の目の前で現地人からも同じ料金を受け取っといて

後で金を返していた、これにはかなり納得行かなかったが、このバスしかないのでガマンした、

こういう所を見てしまい、少しこの国がキライになってしまった(悲)

途中で食事休憩で停まり、再びヴィンへ向かう、その町にいた子供、男の子?女の子?
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荷台で遊んでいた子供「写真は事務所を通してください」とは言っていない
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7時間ほど走ったとこでやっとヴィンに到着、結構大きな町でハノイ行きのバスはまだあったのだが

ベトナムに入ったのでもう急ぐ必要はない、明日の朝に出発しようとバスターミナル内のホテルに宿泊
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欧米人たちはそのままハノイへと向かって行ったのであった…タフな人達だ。

こうして『素知らぬ顔で国境通過大作戦』を見事成功と言う形で成し遂げたのであった。

category: 俺@Laos

トボトボとシェンクワンに移動 

8月16日

『出戻り旅行者♪』の俺達は、別の国境を目指し8時半に出発

このバスでシェンクワンへと向かうのだが、相棒が座った席は大きく傾いた補助席だった、

交代で座ったのだが…これはキツイ(笑)斜に構えたまま山道を走る。
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昼過ぎにどこかの町に到着したので昼ごはんを食べる、最近は移動ばっかりでろくに飯も食ってない

食える時に食べなければもたない。昼時なので市場には人が賑わっていた、

大小はあるが、どこに行っても必ずと言っていいほど市場はあり、そこにいる人は女性がほとんどだ。
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待ちくたびれる子供
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一緒のバスに乗っていた赤ちゃん、さっきまで笑っていたのに、

カメラを向けたら顔が強張っちゃった(汗)ごめんね。
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こっちのバスは、運送屋、郵便物配達の仕事も兼ねているので、

人以外にもいろんな物を載せて走る。立ち寄った村では竹の束を積み込んでいた。それを見守る子供
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山道を歩いて帰る女の子達
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竹のカゴを背負っている女の子、これから山に入るのかな?
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竹のカゴは大事なバックパック、薪、収穫した野菜、ニワトリ、更には子供、

いろんな物を入れて背負って歩く。
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トウモロコシ畑
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この山のほとんどがハイブリット種トウモロコシ畑とサトウキビ畑なっている。
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草を背負って坂道を登っていく女の子
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途中で小さな子供を背負って乗って来た人が居たのだが、病院のある町で降りて行き、

そのまま病院へと入って行った。山岳部の村をたくさん見てきたが、救急車も病院もなかった、

こうやって村を通り過ぎる車に乗り、決して近くではない病院へと行くのだと思う。

9時間の移動を終えてシェンクワンに到着、

ずっと右に傾いたイスに座っていたのでやや右寄りに歩く…わけないだろ。

明日の移動もあるのでバス停近くの宿に荷をおろす。何故か不発弾が飾られていた。
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明日になれば1日オーバーステイ、考えただけで気持ちが滅入ってしまう、

せめて美味しいものを食べようとガイドブックに乗っている中華の店に入る、

メニューを見ると懐かしの麻婆豆腐発見!!チャーハンとフライドヌードルと一緒に頼み食す、

チャーハン→不味い フライドヌードル→まずい 麻婆豆腐→最もマズイ

どうやって作ったらチャーハンが不味く出来るのだ? この店はなんでガイドブックに載っているのだ?

謎だ謎めいている、気持ちが悪くなってしまった、近くで食べたタロイモアイスが美味かったのが

救いだった。こうして満月の夜が過ぎていった。
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明日は決戦の地となるナムカーンの国境へいざ出陣、『素知らぬ顔で国境通過大作戦』決行、

果たして結果は…

category: 俺@Laos

ボーダー越え…失敗 

8月15日

ベットで気持ちよく目が覚める、この日はベトナムのボーダーを越える日だ、

チェックアウトしてバス停に向かう。

ウロコ雲が広がって快晴、ボーダーを越えるには持って来いの日?
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一泊しかしていないが、大自然に囲まれた何にも無いのどかな町だったなぁ~

観光客なんて全く見かけなかった。
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町の中心からツクツクに乗ってバス停へ到着、観光客は俺らと欧米人2人だけ、後は現地人ばっかり
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乗り合いソンテウに乗って国境まで3時間のドライブ、3時間なんてどうって事ない、

なんてったって俺等は20時間の大移動をしてきたんだから、

ちょっとやそっとじゃ参りませんよ。IPodをガンガン聴きながら山道を走っていく
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10時半に国境着、荷物を受け取ってラオスイミグレへ向かう。するとイミグレの人が

「ベトナムビザかベトナムから他の国に出るチケットを持っているか?」と聞いてくる

日本人は15日間は何も無しで入国できると思っていたのでそんな物を持っているわけがない

しかも一度俺等はカンボジアのプノンペンからベトナムのチャウドックに入国している、

その時は何の問題もなく入国できたから、当然大丈夫だと思っている。

しか~し、「一度ベトナム側のイミグレに行って確認して来い」

と言うのでベトナム側のイミグレに向かい、当然通れますよね俺ら日本人ですよオーラで確認する。
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期待していた言葉は「通っていいよ」言われた言葉は「ビザかチケットが必要だ」

カンボジアから入った事を言ったのだが、表情1つ変えずに言った言葉が

「そんな事は知らない、とにかくそのどちらかを持って出直して来い」だって、

そんな事言われても、俺らはラオスに後1日しか滞在できないのよ、わかってるのおじさん?

今からビザって言ってもどこで取ったらいいのかもわからないし、そもそも時間なんてある訳ない、

チケットにしても何のチケット? ノープランで無計画で行き当たりばったりで

次の国も決まっていない俺達にどこ行きのチケットを取れとおっしゃるんですか?

一体どうしろと? これは大ハプニングですよ『姉さん事件ですよ』

ここでもイミグレの人はニコリとも笑わずにそう言って追い返されてしまった。

途方に暮れるとはこの事だ、とりあえずサムヌアに戻って国境越えの方法を考える事にしたのだが

サムヌア直行のバスはすでになくなってしまっていた!!

あるのは1時発のビエンサイ経由のサムヌア行き(遠回り)のソンテウのみ、

発車まで2時間待ち、しかしそれで戻らなければどうしようもないので待つ事に

一緒に待っていたオバちゃんや運転手がメロンやら溶けたキャンディーなどをくれた。

困り果ててふと見上げた空には太陽が昇っていて周りを虹が囲んでいた。

そんな偶然に遭遇して少しテンション回復
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1時になると出発、先を急ぐのだがそんな俺らの事情なんて運転手やオバちゃんたちには関係ない

停まっては米を載せ、停まってはメロンを載せ俺等はドンドン荷物に埋もれていった、

何故だか頭の中では『ドナドナ』がリピートしていた、悲しすぎるよホント。

オイオイ子供よ、そんな顔をするなよ俺のほうだよそんな顔をしたいのは(涙)
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しかし通れないからって凹んでても仕方がないと、無理やりテンションUPを試みる

だってこれも俺の旅上で起こった事だ素直に受け止めるしかないと、

開き直ってこの絶体絶命の危機を写真に撮りながら帰る事にした。
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次々と通り過ぎていく子供達全員にこれ以上ない笑顔で手を振ってやった
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オバちゃんたちはお構い無しにソンテウを停めて買い物をする、この村ではメロンを大量に購入

俺らの仲間にメロンが加わった。足元にはメロンがゴロゴロと転がりまわっている(笑)

オバちゃん買いすぎやって(汗)待ちくたびれてダラダラしていると子供に笑われる

どうぞどうぞ笑ってください、しょせん俺らなんて出戻り旅行者ですよ
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村の子供1人にカメラを向けると次から次へとワラワラと集まってきて、

気がつくとすっかり囲まれてしまっていた。
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ラオス入国した時から思っていた事なのだが、こっちの子供は本当に人懐っこい子が多い
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でもこの子達は知らないんだろうな~ 俺の頭ではまだ『ドナドナ』が流れている事を
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子供達にピースサインをして、真似してみろと言うとみんな揃ってピースサイン。

何て聞き分けがいい子達なんだこれならもっと他の面白いポーズを教えればよかった(笑)
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いやいやいやいや(汗)とりあえず服を着なさいよアナタ、何て大胆な子なんでしょうか!!

その年だから許されるのよ、俺なんかがやったら…
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散々メロンを買い込んだオバちゃん連中、さぞかし満足でしょうねこれだけ買えば。

しかし乗せた物は降ろさなければいけない、何故か俺が降ろすハメになってしまった!!

もうこうなったら何でもしますよと、ドロドロになりながら荷物を降ろす。

手を洗わせてもらいに家の中に入ったら織物をしているオバちゃんが居たので一枚撮らせて貰った
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何の問題もなく通っていたら本当に気持ちのいい道なんだけど、俺の頭の中は『ドナドナ』と

国境をどうやって越えるか、オーバーステイいろんな問題が詰まっていた。
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国境から2時間ほど走ったところでビエンサイの街に到着、ソンテウを乗り換えてサムヌアへと向かう
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ビエンサイの子供。俺が思うにはこっちの子供は本当に可愛い顔をしている、

この子たちが大人になる10年20年先が今から楽しみだ(笑)

そのとき俺はえ~っと 38~48歳…ウン大丈夫だ、俺は必ずこの国に戻ってくるぞ(マジ)
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ここからサムヌアへと帰っていく、空には雲が川のように流れている、いいよなぁ~ 雲はビザ無しで…
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サムヌアに戻ってきたのが4時半くらい、ここからがこの旅で一番大変だった、

まず国境を越えるはずだったから、お金(キップ)を少ししか持っていない、

銀行は夕方で閉まっているし明日は土日で休み、この問題は近くの両替所で解決できた。

次に国境を越える為の情報を集める為にビエンチャンの日本人常駐のツアー会社や

日本大使館に助けを求めて電話を賭ける、「もしもし俺、困ってます」と、簡

単に書けばこんな感じの事を伝える。

その人達が言うには、ビザやチケットが無いからっって追い返された例は初めてです、との事

「それじゃあ初めましてですね」何て言ってる場合ではない、その人達と話して、

相棒と考え抜いて出た方法が

1・もう一度ナムソーイに行き賄賂を渡して通る
2・ツアー会社で一番安いベトナムから出国のチケットを予約してプリントした紙を持って再チャレンジ
3・ビエンチャンまで行きそこから飛行機でハノイに行く
4・ビエンチャンまで行きビザを取得する
5・一番近い別の国境であるナムカーンへシェンクワン経由で向かう。
1以外は結局の所オーバーステイしてしまうので一日10㌦掛かってしまう、

1のもう一度ナムソーイに行き賄賂を渡すのはムカツクからやめ、通れる保証もない
2の一番安いチケットはツアー会社よりネットで探さした方がいいと言われたがネットが無い
3ビエンチャンまでは30時間以上バスに乗って行かなければいけないので時間、金がかかりすぎる
4は3と同じで時間、金がかかりすぎる

考えた結果5の方法で国境を越える事にした。

次の日にシェンクワンという街に行きそこから別のボーダーである

ナムカーンという所へ行き、素知らぬ顔でイミグレを通ってみる事にした、

これがダメでもそのままビエンチャンまで行き一度タイに抜けてしまう事が出来る、

この方法が多分最も時間使わずに安く行ける方法だと思う。

俺等は何のために20時間かけてサムヌアまで来たのであろうか(涙)

地図でみたらサムヌアからの方がハノイに近かったし安いから来たのに、失敗だった。

こうして次の日にシェンクワンへと向かうのであった。。。

俺らの考えた方法がなかなか上手く書いて伝える事が出来なくて、よくわからなくなってしまった事を

お詫び申し上げます、申し訳ない。

とにかく必死で考え抜いた末に、これが俺等的には最善の方法だったと思う。

category: 俺@Laos

ハプニングツアーに強制参加 

8月14日

『河氾濫道沈立往生』とのっけから素敵なハプニングに迎えられてスタートをきった俺は、

寒くてバスの中で目が覚める、起きた所は…まだバスだった

これが水陸両用のバス
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寝る→バスの中、起きる→バスの中、バナナを食べる→バスの中、

本を読む→バスの中、音楽を聴く→バスの中、トイレ→バスの中!?

これがお客様のベットであり、台所であり、書斎であり、リラックスルームであり、

トイレである!? と何でも揃っているわが社のマルチシートツアー

広さはと言うと、たいへん人気があり予約殺到の人間が何とか生活できるイス2つ分(涙)

ここで20時間生活をしていました。
(注意・トイレはアウトサイドに大自然を再現した特別室が設けてあります(野))
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山道は降り続いた雨で、土砂崩れが多発しておりますが快適なオフロードの旅をご堪能ください
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前方に見えますのは、土の中から雨によって発掘された古代の石であります、お客様ラッキーですね、

普段は山の中に埋まっていて見えないのですが、今回特別に降り続いた雨で見ることが出来ました。
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ここらへんでオプションツアーのタイヤ交換をご鑑賞ください、こちらもたいへん人気で

メッタにみれる物ではないんですよ。

他のお客さんは「別に見なくていい」とおっしゃるんですが、せっかくですもんね。
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次に見えてきましたのがラオス民族の伝統家屋、山のいたる所での人々の生活がご覧になれます。
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どうですかお客さん、お気付きになられましたか? 抜け目が無いですね~。

山間の下の方には棚田が設けられています。
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そして今回のツアーの最大の見所、サムヌアのゲートが見えてきました、

大胆なハートの形をイメージして造られたゲートで

奥に見えるのは山間に広がるサムヌアの町並みでございます。
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楽しい時間と言うのはアッと言う間に過ぎていくものです、

20時間に渡ってルアンパバーン~サムヌア間を堪能していただいたのですが

満足いきましたでしょうか? 『ハプニングツアー』一同またのご利用心からお待ちしております。

こうして願ってもないハプニングツアーに強制参加させられて17時にサムヌアバスターミナルに到着。
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標高1200Mの町で、山に沈んでいく太陽をみながら…長かった 辛かった 狭かった 暇だったと呟く

またのご利用? 誰が乗るかバ~カバ~カと沈み行く太陽に向かって半泣きで叫ぶ。
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この町はベトナムへのボーダーへ向かうための通過点に寄っただけなのでさっさと宿探しで町を歩く
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特に見るものもなく、20時間ほとんど何も食べていないのでご飯にありつくために市場へと向かう

川にかけられた橋は竹で出来ていて、穴ぼこだらけ、絶対に何人かは川にダイブしているはずだ。
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次の日もまた移動が待っている、寝れる時食える時に出来る事を済ませておかないと体がもたない

サッサと飯を食って早々にベットに潜り込んだのであった。

ベットで寝るということのありがたみが見に染みてわからされたツアーでした。

category: 俺@Laos

ルアンパバーンの托鉢 

8月13日 

この日俺等は朝の5時に起き、この街の名物である托鉢を見に出かける托鉢とはモンクが喜捨を受けに

街を歩く儀式、日頃お世話になっている寺のモンクに感謝の気持ちを示す儀式である。

托鉢自体はラオス全土で行われていて、どこに行っても数人のモンクが喜捨を受けている姿はよ

く目にするのだが、ルアンパバーンには寺院が集中してあり、その数は大小あわせると

70ほどあり他の街とは比べ物にならない規模だ。俺等はこの街にそれを見るためだけにと言っても

過言ではないのであ~る。

神父に対して
Q.あなたは神を信じますか?
A.信じます
と同じで

Q.托鉢見ずして次に行けますか?
A.行けません
と言う事

托鉢の時間は特に決まっている訳ではないので、朝早くから寺院の近くで待機する事に。

他の観光客も一目見ようとワラワラと集まってきている(完全にアイドルの出待ち状態である)
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6時前になると寺院からオレンジ色の袈裟をまとったモンクが一列になって出てきた!
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何人いるのかワカラナイが相当な人数のモンクがゆっくりと静かに早朝の街を歩いていく。
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人々がモンク一人一人に手を合わせてお米などを手に持っている壺?の中に入れていく。
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余りにもモンクの数が多すぎるのでスムーズには進まずに止まってしまう。
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俺の居た場所には割と寺院が集中していて、反対側からは別の寺院から出てきたモンクたちの姿も見れた
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小学生くらいの子供のモンクにも人々はちゃんと敬意を払っている。
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托鉢は10分ほどで終わり、モンク達は寺院へと帰っていった。後に残されたのは観光客のみとなった。
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1995年にルアンパバーンの街が世界遺産に登録されて以来、多くの観光客が托鉢を一目見ようと

世界中から訪れるようになり、日頃の感謝を示す儀式が観光化されてしまった、

中には近くでフラッシュをたいて撮影したりとマナーの悪い人もいるみたいだ、

俺も観光客であり写真も撮った、もちろん最低限のマナーは守ったのだが、それはこっちの言い分で、

毎日行われるこの托鉢、毎日観光客に写真を撮られるモンクや街の人々、

感謝の儀式が『観光化』となってしまって、いったいどのような気持ちなのだろうか…。



そんな事を考えながらせっかく早起きしたので朝市を見に行く事に
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さすがに朝から肉を焼いたり土産物を売ったりとかは無く、

新鮮な野菜やフォーの乾燥した物が路上には並んでいた。
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実はこの街に来て最初に泊まったホテルで偶然にもホイアン・フエと共に行動していた

Mちゃんに出会っていたのである!1 昼ごはんをMちゃんと、Mちゃんの一緒のホテルに泊まっている

ダンサーのJ君と食べ、彼女達のホテルで俺らのサムヌア行きのバスの時間まで、

お互いの旅のプランや持っている情報やくだらない話をする事にしてホテルに向かう。
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急に思い立ったように洗濯を始めたMちゃん、ヤシの木の下で足踏み式洗濯とは、

なかなか絵になるのではないか。
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俺らに『出発』と言う時間が来てしまった、MちゃんやJ君に別れを告げて、この街の人々、

観光客としてきた俺に写真を撮らせてくれたモンク達に感謝してバス停に向かった。
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相変わらず河は増水している、心配そうに橋までやって来て様子を伺う人もいる
(野次馬かも知れないが)
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17時にバス停着、ここでこの街に来たとき一緒のバスだったニュージーランド人にまた会ったのだが、

彼は何か焦っている様子、話を聞いて俺なりに理解してみると、どうやらタイ側の国境に行ったのだが

河が氾濫していて越える事が出来なくて、しかもちゃんとした旅のスケジュールがあり、

帰りのチケットまで購入しているのだがそれにも間に合わないかもしれないとのこと、

彼は別の国境へと向かっていったのであった。
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さて、ここからが目に見えない『時間』との戦いだった、俺らの乗るバスはビエンチャンから客を

乗せたり降ろしたりしながらここまで来る。だから予定された時間にはまず来ない、

結局この場所で俺らが待っていた時間は4時間、腹も減るし時間を潰そうにも…何もない(悲)

イスと一体化して、ひたすら待ち続けて21時にようやくバスに乗り込むことが出来た

これで一安心だと思うでしょ? 『問題』という強敵はこの先に潜んでいた。1時間ほど走った場所で

何故かバスがストップ!?
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何だ!? と外へ出てみる、他にもたくさんの車が停まっていて、降りてきた人が一方を見つめている

見つめている先に行ってみると「☆+&%$○~△>@:※!!」 ハイ、『河氾濫道沈立往生』漢字で

書いたらこんな具合で進めない、向こう側ではバス一台が動けなくなっている、4時間待って出戻り?

そんな殺生な(涙)
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空を見上げるとあらキレイな満月♪ しかしそんな事はどうでもいい、

三日月だろうが半月だろうがどうでもいい

俺は向こうに渡りたいだけ、タダそれだけなのに…
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心の中では「行け運ちゃん、停まっても走れ、ヒーローになれ、屍は拾ってやる、車が壊れても走れ、

会社に怒られても…それは知らんがとにかく突っ切れ」と勝手な事を思っていたら、

俺の心を察してか運転手はゆっくりとアクセルを踏み始めた(男だね~)深い場所では

膝上位まで水かさがあった、タイヤもほとんど見えなくなってしまっている。
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マフラーからはボコボコと排気ガスの泡が出ている、これが止まったらマフラーに水が入ってきてしまい

バスが溺れ死んでしまう、慎重かつ大胆かつ繊細なアクセルワークでバスは泳いでいく
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乗客は総立ち、もしもの時の見の振り方を考えているのだろう、しかし俺等は身の振り方がワカラナイ、

祈るように見守る事しか出来なかった。
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しかぁ~し、彼(運転者)はこの窮地を見事に脱出したのであった

よっぽど抱きしめに行こうか…とは思わないが、とにかくこれで身の振り方を考えなくてよくなった♪

のっけからハプニングでスタートした20時間のサムヌアへの移動、俺達は果たして

無事に辿り着く事が出来るのであろうか?


続く

category: 俺@Laos

野良犬天国? ルアンプラバーンに到着 

8月11日

T君にバス停まで見送ってもらうとすぐにバスが来てしまった、別れを惜しんでいる暇もなくバスに

詰め込まれてしまう、この旅はお世話になりましたT君、またどこかの国で合流しましょうね。
(ちなみに俺らが去った次の日バンビエンは晴天が広がったらしい(悔))
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さて、T君の話によればバンビエン~ルアンパバーン間は12時間もの長期戦らしい、

逆算して一泊分浮かそうとバスに乗ったのだが、到着したのが深夜2時、

誰もいない街に放り出されてしまった。幸いツクツクが居たので、街の中心部まで宿を求めて

バスで一緒だったニュージーランド人と乗り合いで向かう

ここからがまた大変、宿を探すにも看板の電気は消えているし、防犯のために門は硬く閉ざされている。

もちろん人なんて俺ら以外歩いてるもんですか、現在地もわからないまま街を徘徊して歩く。
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街には人はいないくせに、昼間はおとなしいが夜になると元気が出てくる野犬達がウロウロ、

街は野犬天国となってしまっている、一匹が吠えると次から次へと吠え出すわ、

3匹の犬に囲まれてしまうわでマジでビビッた、襲ってきたら戦うしかないと思い武器を探しながら

何とか宿を発見、寝ているオバサンをベルで呼び起して宿にありついた。

戦線から無事に生還した気分だ。(知らないけども)

次の日に街を歩いてみて驚いたのだが、連日降り続く雨のせいで近くを流れる

メコン河・ナムカーン河が氾濫してかなりの被害をもたらしていた。

隣のホテルはロビーが浸水してしまっている
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木々も水に浸ってしまっている。
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道路まで水が押し寄せてきている
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民家の庭先の小屋も半分くらいが浸かってしまっている。
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幸い俺らが来たときは雨が上がっていて、のんびり陽気だった、
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天気がよければ そりゃ~犬も寝るさ
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太陽と青空が広がる
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そりゃ~ネコも寝るさ
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お父さんと一緒にバイクだっていじくるさ
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こんなに天気が良いのに、アナタそれでもまだ雨が心配ですか??
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街の学校?(~チルドレンセンターと書いてあったが読めなかった)では子供達が踊りを踊っていた、

この子達の踊りが雨を遠ざけたのかもしれない(そんな訳ないけどね)
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街をウロウロして見つけた竹細工。
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一体何かわからないのだが、木造の古びた感じが気にいったので撮っちゃった (エエやんか)
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あれ! 僕らのクラブのリーダー…じゃぁ~ナイわなどう見ても(笑)
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これ電話機、たまに見かけるこういったデザインの物が俺をくすぐるのよ
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夕方になってくるとメコン河沿いのシーサワンウォン通りにナイトマーケットが出現する
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これはモンクを描いた和紙で出来た照明
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ここに出店する人達のほとんどが周辺の村から集まって来るんだって、これはスリッパ、

1つでも可愛いのに、これだけ並ぶと可愛さが倍増、叩かれたいくらい可愛い(変態?)
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小物入れ、ティッシュカバー、巾着、etc etc…
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民族国家であるラオスには政府でも把握できないくらいの民族が居るのだが店の人たちはほとんどが

モン族の人達で、商品もモン族の伝統デザインをモチーフにした物が多い
(どんな可愛い伝統デザインなんだ)
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大量に買い込みたいのだが、荷物になってしまうので何も買えない(悲)

残念だが、みぃ~てぇ~る~だぁ~け
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本当にいちいち可愛い、このフクロウなんてこのまま日本に帰るのなら大量購入物ですよ
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夜になってくると置いてある照明に灯りが入る。
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屋台も裸電球の暖かい灯に包まれてまた違った顔になっていく
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和紙のような物で出来た日傘? 差すのが勿体無くらいだ
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ナイトマーケットは毎日開かれていて、だいたい17時から22時の間で観光客と激しい交渉バトルを

繰り広げるのであった(そんなに極端に吹っ掛けては来ない…と思う)こうして22時を過ぎると人々は

ツクツクに荷物をたくさん載せて各村々へ帰っていくのであった。

category: 俺@Laos

バンビエンでの8日間 

やっと更新できた、と言うわけで俺らはシェムリアップで知り合い意気投合した旅友の

石川県出身28歳T君との再会のためバンビエンに向かうための通過点となるビエンチャンに

あの『誰が乗るんだ??』バスで到着した(笑)
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東南アジアで最も小さい首都と言われるビエンチャン、街中には可愛い車が走っている。
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T君はビザの延長のためにバンビエンからビエンチャンに南下中との事、

それならばと言う事でビエンチャンで待つ事にした。

ビエンチャンでは観光を一切せずに街をウロウロと歩いているだけの毎日だった(怠)
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メールで連絡を取り合って海外で合流できるってんだから、すばらしい世の中だよホント感心するわ。

ホテルで待っているとドアの向こうで「や~ま~だ~君、あ~そ~ぼ~」

Tクンはノコノコとやって来た小学生か(笑)

俺らもラオスに入って日が経っていないけど、より長く滞在するために一度にビザをリセットしに

近くにある友好橋からタイのノーンカーイに向かう
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ラオス出国のハンコをもらいタイ入国、すかさずUターンしてタイ出国してラオス入国、

これでまた15日間の滞在ができる、つまり新品になった事になる♪

そのまますぐにローカルバスで6時間かけてバンビエンに向かう。
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ビエンチャンに居るときは晴れてたのに、バンビエンに到着すると急に曇ってきて、

山の上なので気温も下がって寒いくらいだ。こんな筈ではなかったのに(悲)
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晴れていればこんな感じ、これには写っていないが『ドラゴンボル~』に出てきそうな、

岩肌が見えた山に周囲を囲まれている。(写真提供・T君)
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近くのナムソン川では『タイヤのチューブでひたすら流されるだけ』と言う遊びが出来るはずなのだが、

曇っていてはどうしようもない、飛び込みやタ~ザンごっこも出来るのだが、

せっかく『流れて飛んでアァ~アアァ~♪』するなら晴れた日の方が良いに決まっている、

晴れるまで俺らは待つという事で、前にTクンが泊まっていたホテルに宿泊することに、

このホテルはスタッフ達がフレンドリーで、いつも食事を一緒に食べようと誘ってくれる

その度に俺らは毎日近くの屋台にご飯を買いに行っていた。朝昼晩の食事時しか屋台は出ていなくて、

それ以外はこんな感、タダの何にも変わったことのない、アナタの街にもあるような交差点
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しかぁ~し、ご飯時になるとこのタダの何も変わったことのない、

アナタの街にもあるような交差点が豹変するのである。
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ここで俺らが毎日買っていたのはカオニャオ(もち米)この筒に入っていて、それを手で小さく丸め

オカズと一緒に口に運ぶ喜び(?)このカオニャオが美味いんだ♪

ラオスの人たちはMYカオニャオ入れを持参するほどみんなカオニャオが大好き
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この鍋の中にラオス料理が入っていて、フタを開けて味見をして購入してホテルに帰る毎日だ。

一食がだいたい5,000キップ(60円位)豊富な品揃えでしかもほとんどが美味い。
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こちらではデザートなども取り扱っております。
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この人は宿泊先のホテルの増築工事をしている大工さん、俺らは親方と呼んでいたのだが、

この人がいつも食事に誘ってくれたりする、黙っていればなかなかの男前…なのだが、

親方は何でも食べる、そこら辺に生えている草をちぎって食べたり、

罠を仕掛けてそこに集まった蟻ををそのまま食べたりと、とにかく何でも食う、

更に親方が言うには「俺の腹筋が割れているのはトウガラシを食べるからだ」

と訳のわからないことを言って、俺らにもトウガラシをそのまま食べさせてくる、

俺は辛いのが食べられないしそこまでして腹筋を…(辛涙)
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こいつ等はホテルのスタッフ、ボン&スーで俺と写っているのがボン、その下はスーで15歳、

いつもは水のシャワーしか使えないのだが、寒い日は俺らの部屋のホットシャワーを浴びに来る

可愛い奴らだ、時おりジュースをねだってくるのだが、それもまた可愛らしい。
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晴れる日をひたすらけなげに待っているのだが毎日が雨、目的のチュービングもできなくて

部屋で腐っている俺らに見かねた親方が、ある日家に食事に招待してくれたので向かうことに

「お前達は腐ったミカンじゃない」とは言ってない(金)
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親方の家は俺らがチュービングをするはずの河を渡ったとこにある、

河では子供達が俺らですら成し遂げていない飛込みをしている
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親方の家で奥さんに料理をご馳走してもらう、久しぶりのお袋の味というか奥さんの味♪♪

子供達も懐いてくれて暖かいひと時であった、写真の人は二児の父ではなくて旅友のTクン。
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屋台の料理は美味い、美味いのだがヤッパリ毎日食っていると飽きてくる、

そんなときは近くのレストランに出かけて食事をすることもある。この子はそこの看板娘、

髭の生えた俺を見て怖がるので近づけない、思いっきりズームしてやったわい(笑)
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余りにも晴れの日が来ないのでスタッフ達も気を使ってか、それとも俺が気になってか?

部屋に遊びに来てくれる。日本VSラオス トランプ大富豪大会が行われた。
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あめ、雨、アメ、AME、飴? いつになったら俺は「流れて飛んでアァ~アアァ~♪」が出来るのだろう?

さすがに滅入ってきてコレでは「流れず飛べずにアァ~ア↓」だな
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そんなある日のことである、スタッフの女の子達が「今日はオーナーが居ないからビールを飲もう」

と誘ってきてくれた。こっそりと近くのレストランに行き、

真っ昼間っから『オーナー抜きの日本&ラオス親睦会』と言うなの宴が始まったのである
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真っ昼間から飲むビールは酔いが進む、スタッフの子もどんどん酔ってきて寄ってきてもう大変(嬉)

この日が21歳の誕生日だと言うノックちゃん、おめでたいのだが…だがそんなに寄って大丈夫??
(一部見苦しい画像があるので編集させてもらいます)
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コラコラそれはやり過ぎだろうが…俺。(一部不適切な顔がありますので編集させていただきます)
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惚れてくれるなノックちゃん、確かに君も可愛い、可愛いのだが俺は100M先の

駄菓子屋の箱入り娘の事が…スマン(涙)

そんなこんなで8日間もバンビエンに滞在していたのだが、結局のところ一度も太陽が

本気で顔を出す事はなかったのである。必要ない時にはガンガンでしゃばって来るのに(怒)

こうして出発の日が訪れる。休憩中の親方とその仲間達と記念撮影。挨拶を交わしてターミナルへ
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ノックちゃんにもと思ったのだが彼女も辛い?だろうから黙って出る事にした
(注意・完全に俺に勘違いである。ほっといてよ)

T君に見送られてルアンパバーンへと向かったのである。

category: 俺@Laos

コーンパペンの滝~友の待つバンビエンへ 

7月30日

デット島で太陽と共に?? 目覚めた俺らは島を後にしてコーンパペンの滝を見に行くためにナーカサンへと船で戻る

途中にあるこれはフランスが建築した積み出し埠頭
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15分ほど河を上っていくとナーカサンへ到着
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町に着いてレンタバイクで滝まで行こうと考えていたのだが甘かった、バイク屋なんて1つもない!!

どのような手段で滝に行こうか考えてみよう

1・ツアー会社に聞いて見る → 1人10㌦と言われ高いのでお断り
2・ヒッチハイク      → ほとんど車が通らない 
3・歩いていく       → 枯れる
4・水牛に乗る       → 日が暮れる
5・諦める         → いやだ
6・バイタク        → 安い

という事で6のバイタクに決定、さっそく捕まえて交渉、5㌦で滝までの往復で交渉成立

バイクに乗って20分くらい一本道を走ったとこにコーンパペンの滝は流れ落ちていた。
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この滝はたくさんあるコーンの滝の中で最大で一番迫力がある滝、高さ15M、幅は300Mあり

雨季には青色が濃くなって水かさが増す、との事…茶色なんですけど。(これでシャワーした)
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結構すごいんだけど、写真ではなかなか伝えることができない(悔)
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チベット高原から流れてラオス、カンボジャ、ベトナムを通るこの大河川は、4000Kmの流れの中で

船が通過出来ない所はこのコーンパペンの滝ただ一つなんだって。

滝を見終わると目的は終了、もうちょっとゆっくりしたかったのだがお金の問題もあるし、

カンボジアのシェムリアップであった友達と連絡をずっと取り合っていて、

バンビエンで感動の再開を約束しているので、上のほうに戻ることにした、バイタクに乗って

ナーカサンよりも少し上のほうにあるハートサイクンという町に送ってもらい、

そこでパークセー行きのバスを2時間ほど待つ事に。

待っている間に暇なので1人で町をウロウロ、町というより村といった感じだった、

川岸を見ると釣りをしている子供達がいた
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さらに歩いていると「サバーイディー(こんにちは)」と子供達があいさつをして手招きされた!

俺も消費しなければいけない時間があるので(暇を潰す)行ってみると子供達が群がってきて

写真を撮ってくれと言うので、撮って見せてあげると大喜び、釣りもほったらかし状態!!
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村の集会所みたいな場所で子供達との撮影会が始まった。
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ラオス全体で見てもそうなんだけど、こっちの子供達は本当に人懐っこい(人見知り知らずってか)
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夢中でふざけあって、真剣にハシャイでいると、気がついたら15人くらいの現地人に囲まれていた!!

赤ちゃんを連れて散歩の途中で『集会所で真剣にハシャグ日本人』を見にきた人もいた、

赤ちゃんと遊んでいると興奮しすぎてお漏らししちゃった(秘)…いやいや、俺じゃないよ。
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バスの時間が来たのでみんなにお別れを言って『集会所の日本人』はパークセーに帰って行った

パークセーのホテルでビエンチャンまでのバスの予約をしたのだが、2日前は15万キップだったのに

今日になって18万キップ(約2100円)になっていた(怒)しかししかしそれに乗らなければ

友との約束を果たすことができない。渋々、本当に渋々とお金を払ったのであった…渋々だけど。

20時半にバスが迎に来たのだが、俺らは街中やバスターミナルや移動の最中に見かけたバスに向かって

どこに行くんだ? その色の意図は? 会社の方針でそのペイント? 誰が乗るんだ? と言うようなバスを

散々見て笑ってきた、しかし今俺らの目の前に姿を現したのは…
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デタ~~!!! 煌びやかな姿!! 鮮やかな配色!!『誰が乗るんだ!?』って、俺が乗るみたいだ(笑)

まさかこれに乗るとは夢にも思ってなかった、乗ってしまうことに対して何故か敗北感が(悔涙)

中に入ってみるとこれまたスゴイ、水族館みたいになっているが、広いしなかなか快適な空間だった
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こうして騒々しいバスに乗り、旅友の待っている街を目指してビエンチャンへと向かった。

category: 俺@Laos

いざ、癒しの地デット島へ 

7月29日

パークセーで2泊した後にラオス最南端のメコンの島々・シーパンドーン(4000の島々)へと向かう

目的地は、たくさんある島の中でカンボジアで会った人に一番よかったと教えてもらったデット島。

バスで3時間ほど走ったナーカサンという町で降ろされる。
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途中で何度か違う町に寄ったのだが、どこで降りたらいいのかワカラナイ!!

だから一番人が降りるとこに、ここだと思い、一緒についていったのが正直な話である(笑)

島へ渡るであろう船発見。この船でどこかの島へ向かうのであろう…多分
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チケット売り場があったのだが俺らは島上陸までの料金を最初に払っていると思っていたのでスルーして

どこに連れて行かれるのかワカラナイ船に乗り込んだ。(この後船代をちゃんと請求された)
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島に上陸して看板を見て気づく!! 俺らちゃんと目的地であるデット島にいるやん(安心)
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宿探しのために町を散策して歩く、ほとんどがバンガロータイプの宿ばっかりだ
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俺らの到着した島の北側には気に入った宿がなかったので、そこからボートでさらに南へ、

どこに行っても水遊びをしている子供たちがいる(なぜならソコに河があるからなのだ)
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コーン島とデット島を結ぶ鉄道橋、線路の総延長は6.5キロと短い、フランスの統治下時代に造られたもの
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今はもう廃線となっており線路の残骸だけが残っている。コーン島には小さなSLもあるが行かなかった
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散々宿を探してきたのだが、昼ごはんを食べた場所にあったハンモック揺られて

メコン河の流れを見ているうちにそのまま寝てしまった、起きたら夕方!!

もう宿探しは面倒だ。幸いこのレストランはバンガローも経営している

安かったという事でぇ~ 2分の議論の結果選ばれたのは~ この素敵なバンガロ~♪♪
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設備・ダブルベット、蚊帳、メコン水シャワー、メコン水トイレ、ハンモック×2、以上。
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チェックインしたら後はこっちのもの、とりあえずテラスのハンモックに揺られてみる、

あたり一面に茂る木々、過ごしやすい気温、ちょうどいい疲れ、目の前を流れるのは

チベット高原に生まれ4000Kmに渡って流れるメコン河、静かな島に響く河の流れ、最初はうるさかったが

それもだんだんと不快ではなくなっていく、本当に贅沢で貴重な時間が流れている。

水シャワーなので明るいうちに入っておこうと、風呂場へ、薄暗くて最初は気がつかなかったのだが

メコン河の水をそのまま汲み上げて使っているので…茶色い(涙)

使っている最中に壁から出ている水のパイプが根元から外れて

1人風呂場で「うぉ~!! 水がぁ~ 横向きにぃ~」と大惨事(焦)

ボロボロにやられて風呂から出ると、髪はキシキシだし、タオルはメコンブラウン色に染まっていた、

はい、メコン染めの出来あがりって…アホか

てな具合いに1ラウンドが終了(パイプに完敗)してハンモックに揺られようとテラスに出る、

ふと見た空が夕日に染まっていたのでカメラを持って鉄道橋に向かう。
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この島の電気はそれぞれの家屋が自家発電でまかなってて、

電気が使えるのがだいたい18時~22時くらいまで。それまではNO電気の生活をしている

俺には信じられない生活がこの島にあった、太陽と一緒に起きて月と一緒に寝る、

これってひょっとしたら理想的な生活なのかもしれないのでは?と思った。

そんな生活なのに国際電話ができてネットもつながる…何かアンバランス(笑)

夜になると辺りは自分の手も見えないくらい真っ暗闇、虫の鳴き声と河の流れだけが聞こえる中で就寝。

category: 俺@Laos

takujiがラオスに来ぃ~たぁ~ 

7月26日

駆け抜けてベトナムを北上してきたのだがそろそろビザが切れてしまう、1日オーバーステイすると

5$の罰金を払わなければいけないので一度ラオスに入ることにした、ラオスも日本人は15日間なら

ノービザで入れるというすばらしい国だ♪ ホテルまでピックアップに来てもらい1台目の車に乗り込んで

国境の町ラオバオまで向かう、この後3台の車に乗り換えてラオスのサワンナケートに向かうことになるのだが

最初の1台目は1BOXで他の人も乗っていたので席が1つ足りない、そこで用意されたのが見難いだろうが

このプラスチックのイス、固定されていないので揺れる揺れる(笑)ジャンケンで負けた相棒が揺られることに
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1時間ほど走ったところでドンハと言う町に到着、そこで2台目のバスに乗り込んだ、小型のバスに乗せられた

のだがすし詰め状態、これはキツイと思いながらも耐えること3時間、無事にラオバオ(ベトナム)に到着。

車から降ろされて言われた方に進んで行きベトナムを出国した。
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そしてすぐにラオスの入国手続きに入る。
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無事にラオスに入国したまでは良かったのだが、ここからが大変な道のりだった(涙)

ベトナムのフエからラオスのサワンナケートまでのチケットを買ったのだが、ベトナムの国境で降ろされて

歩いてラオスに入国したのはいいのだが、次に俺らが乗る車が見当らない、困っていると一緒に国境を

越えてきたオバちゃんがバスターミナルまで一緒に行こうと言ってくれるのだが、俺らはチケットも

持っていない!! オバちゃんは「大丈夫」と繰り返すばっかり。ホテルに電話をしようにも、

どこを探しても電話BOXがないんや(汗) 仕方がないのでオバちゃんの言うターミナルまで

1キロほど歩いていく、到着するとオバちゃんがチケットをくれたのだが「お金は?」と聞くと

「いらない、大丈夫」と言ってきた、変だと思ってオバちゃんの携帯を借りてホテルに電話すると

「オバちゃんのチケットでバスに乗って大丈夫」と言われたので疑いながらもバスに乗り込んだ。

多分このオバちゃんは仲介案内人??だったのかもしれない。
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今度のバスは大型だ楽そうな席を探し前が荷物スペースになっていて広かった後ろの方の席に座った。
 
これでなくて良かった(安心)こんなになってもまだ現役で活躍しているとは!!ご苦労様です。
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昼過ぎにバスは出発、こっちのバスは降りたい場所で降ろしてもらえるので、村や家のある場所で

よく停まる。その度に外ではジュースや食料(チキン・牛肉・コオロギ)などを手にいっぱい持って

売り子達が集まってくる。
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中に入ってくることも度々ある、勢いがすごいので襲撃か!? ファン?? 追っかけ??(驚)

と思うくらいだ。写真の立っている人が全て売り子たち
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途中で雨に降られる、このバスは日本の中古品で『非常口』など日本語で書かれていた、

日本を走り抜けラオスでこき使われ、限界を超えても走り続けるバスは、

所々窓の閉まらない場所もあり、水溜りを通ると時折り水が飛び込んでくるが、

そんな事にはもう慣れた(笑)まぁすぐに青空が広がったから大事には至らなかった
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こうして朝6時にフエ出発してサワンナケートに到着したのが18時。

キレイな夕陽に迎えられて12時間の戦いが…終わった。ヶッが痛い(涙)
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「俺らはこの町に用はねぇ、目指すは南のコーン島だ」と一泊しサッサと次の日にパークセーに向う
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途中でバスが事故っていた! いやなものを見てしまった、俺らのこの先の安全を真剣に祈った。

中国でもバスのテロがあったし、恐ろしい世の中ですわ。。
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何度も売り子達を『寝たふり』で攻略しながらパークセーに向っていく、窓の外には一本の舗装された道

大自然と小さな高床式の家、緑の田んぼや泥につかっている水牛、川遊びをする子供達の姿が見える、

小雨なのに寒くないのか!? と思っていたら、屋台の炭火で暖まっている、そら寒いわな(笑)
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こうして17時にパークセー到着したのだが、どこに降ろされたのかも全くワカラナイ、

幸いベトナムで知り合った子にラオスの『歩き方』を貰ったので何とか道を尋ねたりしてホテルに到着、

地図って持っていても今いる現在地がわからなければ進むべき方向を見失う物ですなぁ~(笑)

現在地の把握の大事さが身に染みてわかった。

居心地が良かったので、パークセーには2泊してからコーン島へ移動した。

何だかワカラナイが日本でも見かけることがある日章カラー、ちなみにラオスって親日なんだってさ。
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ホテルからみた夕日と町並み
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最近は、道に生える小さな花にも足を止め時間を使うことが事が多くなってきている今日この頃である
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こうしてコーン島へと向うのであった。。。

このホテルに泊まっているときに知り合ったKさんとテラスでビールを飲みながらいろいろ話したのだが

この人は昔から旅ばっかりしてい方で、子供が小さいときにオーストラリアに連れて行ったそうなんだが

「小さいって何歳?」と聞くとアッサリ「2ヶ月」と笑って答えた。

知ってましたか? 2ヶ月の赤ちゃんでもパスポートが取れるんだって、パスポートの期限が5年だから

5歳まで使えるのだが…別人になっているのでは??? いいのかそれで???

日本に帰ったらパスポートを是非見に行きたいと思います。

category: 俺@Laos

続・川○浩探検隊?? 

7月25日

『伝説の探検隊が帰って来た!前人未到の地に入り、大自然の脅威に挑む、超ハード・アドベンチー!

突如、森の中から牙をむく、獰猛な生物を捕らえ。幻の部族に接触? 文明の利器も歯が立たない、

難攻不落の洞窟に挑んだ、あの探検隊が…遂に復活!!新・探検隊を率いるtakuji。

一体彼に、何が待ち受けているのか…』 という事で

宿泊中のホテルの「洞窟行きませんか?」の募集広告に惹かれて出馬。

世界遺産に登録されているフォンニャ洞窟&ディエンソン洞窟の観光に出かけることにしたのだが、

洞窟までの車のチャーター代これがまたアホみたいに高い!! だから広告で参加者を募ってたのだが

募集していたのが、な、なんとダラットで一緒に滝を見に行ったHちゃんじゃぁ~ないですか!!

まさかここでまた会うとは思っていなかった(驚)

偶然の再会、まさか運命??? 嫁探しのゴール??旅のピリオド??

うんにゃ~落ち着けオレ、ごまかされるなオレ、まだ先は長い、冷静になるのだと

心を落ち着かせて迎えの車に乗り込み『川○浩探検隊』出発 参加者は俺ら2人と、

再開したHちゃん、ホイアンから道連れのMちゃん、広告で出馬してきた夫婦の合計6人だ、

距離はフエから250km、朝6時にホテルを出て4時間ほどで到着。

しかし残念ながら運転手のテンションは低い、来る時にスピード違反で捕まってしまったから(爆笑)

チケットを買うためにカウンターへ行くと、いきなり外人さんが話してきた、急なことでビックリして

身構えるオレ…はほったらかしで、他の人たちと英会話中…隊長は1人(寂)

どうやらコヤツが言うには「船を一緒にチャーターしてワリカンで乗らないか?」

との事、別に安くなるから問題ないとこれでイタリア人のミロがパーティに加わって船着場へと辿り着く
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船に乗り込んで15分ほど走った場所に岩肌にポッカリと開いた第一穴発見!!
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この穴に我が探検隊は照明さんの後に続いて入っていくのか!! しかし照明さんがいない!!

と思っていたら船がサイドの岸に着岸!!!

あれ? 穴は? と思っていたら、先にもう一つの方のディエンソン洞窟の方に行くみたいだ。
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朝は晴れていたのに、こっちにきたら雲行きが怪しくなってきた
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先を急ぐのだが、洞窟に辿り着くには心臓破りの階段が待っていた、20分くらい上るらしい

世界遺産を拝むとなると簡単には辿り着けないみたいだ、景色は良いがこんな階段を上るハメになるとは

強化合宿? 修行? 登山家? 階段マニア? いやいやタダの無職の男ですよ俺は…トホホ(←死語)
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500段の階段祖上りきり、膝と一緒に笑いながら入り口に到着
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中はひんやりとしていて、こんな感じになっとります…結構すごいんだけど写真で伝わるのか??
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次は船に乗ってフォンニャ洞窟へ フォンニャとはベトナム語で「風の牙」って意味なんだって
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天井ギリギリのとこを通り抜けていく、ここからはエンジンを切って手漕ぎで進んでいく
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真っ暗の中、オールが水を漕ぐ音だけがしている、入り口の光もドンドン小さくなっていく

この川は世界最長とも言われる地底川で、フォンニャ洞窟の総延長8km
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雨季で水が増えていたが一番奥まで船で入れる。こっちの方は丸い形の洞窟になっている
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中はこんな感じになっておりまする
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ディエンソン洞窟でも思ったのだが、何でこんな色にしてしまったのだろうか???
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アトラクションか?? ディズニーランドのセンターオブジアースではないのか?? 俺あれキライ

、最初は地下みたいな場所をゆっくり進むから安心してると、最終的にはジェットコースターになり

急降下、乗り終わった後スタッフに「騙された」「二度と乗らない嘘つき」と捨てゼリフをはいて

帰った記憶が… まぁそんな話はどうでもいいわ(笑)そんなことよりゆっくりと洞窟を御鑑賞ください
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奥まで行った帰りに、途中での岸で降ろされて歩いて入り口まで戻る。
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こうしてフエ2大洞窟ツアー「川○浩探検隊が行く」も無事終了した。

この河の水は比較的キレイで水辺には水牛がいたり、子供達が泳いだり、魚獲りをしていた。
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帰り道では、探検隊のイタリア支部の部長ミロがバイクで走っていた、

彼はここまで4時間かけてバイクで来たらしい…さすが支部長スゴイ根性だ(見習わなければ)
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世界遺産ツアーの最後はキレイな夕日で〆
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ホテルに戻って入り口に入った瞬間に「若林さん!!」と急に声がした、見てみると旅に出る前に

東京で同じ職場の学生バイトの子に再開!!
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そんな偶然ってあるんですね(驚) 記念撮影をして次の日に俺らはラオスへと向かった。。。

category: 俺@Vietnam

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