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拓二どこにいるの?

 

続・続・旅の終わり 

トルコのイスタンブールで泊まっていた日本人宿には、なぜか日本人が20数名もいた!!

どこの国に行っても、必ず日本人の旅人に出会うのだが、なぜこんなにも大勢の日本人バックパッカーが??

ヨーロッパ方面から来た人、中東から来た人、かなりの旅のツワモノ達がそこには居た

話していて思ったのは、なんて協調性のないヤツラばかりなのだろう(笑)

そんな協調性のないヤツラなのだが、ヤツラは“生きていた”←コレをうまく説明できたらいいのだが

“生死”ではなくて、何て言うのかな(汗)

生命力が溢れているというか

何もせずに文句ばかり言って、“ただ生きているだけ”ではなくて

何かを求めて行動して“必死に生きている”みたいな感じかな?

そんな生命力に溢れているヤツラとの出会いは、すごい影響力を与えてくれた

愛すべき、尊敬すべき旅友に出会い、いろんな事に影響され、共にトルコから中東へと下った


★シリア★ この国で中東問題を考えたのだが、難しすぎてまったく分からなかった(涙)
      高台から町を見たら排気ガスの層が見えた、こんなにも空気って汚れるのかと感じた
      でも町の人たちはとても親切で曇っていなかった
      なぜか日本のオカキを発見した!!     
 
(クラックデシュヴァリエの空)




★ヨルダン★ こんな場所まで来るはずではなかった、こうなったら行けるとこまで行ってやると決めた(笑)
       死海が思っていた以上に本当に浮くのだと実感した(笑)
       俺の中でぺトラ遺跡は間違いなくキングオブ遺跡になった

(アンマンの空)

   
    
(アンマン・アンマン城跡の夕日)



(死海での夕日)




★イスラエル★ この国の入国スタンプを押されると行けなくなってしまう国があることを知り
         それでも入国したい人のために別紙スタンプというものがあることをはじめて知った
         イミグレで入国審査のために5時間以上待たされ質問攻め、この国は何を警戒しているのだろう
         パレスチナ自治区の分離壁は自由への落書きで埋め尽くされていた

(エルサレムの空)




★エジプト★ 2009年の年明けを迎えた国、モーセが十戒を授かったシナイ山での初日の出は
       29年間生きてきた中でいろんな意味で一番心に残った
     この旅で初めての砂漠“白黒砂漠”ベドウィン達の歌声が星空へ消えて行き、俺の心に残った
       
(アカバ湾の空)



(ダハブの空)



(シナイ半島・聖カトリーヌ山の初日の出)



(ダハブ・紅海の朝日)



(バフレイアオアシス・白砂漠の夕日)



(ルクソール・ナイル川の夕日)




★イギリス★ 英国なのに俺の英語が全く通じなかった(笑)
         大英博物館にあった他国の展示物…なんでこの国が持っているのだろうか? 
         町・人・目に映るものがいちいちオシャレだった
       
(ロンドン・ツインブリッジの空)




★インド★ 最も訪れたかった国であり、17ヶ国の中で一番楽しかった国
        貧富の差というものをすごく身近に感じた
        カースト制度っていったい何なのだろうか
        路上の屋台で手で食べたインドカレー、最高の味がした
            
(ハンピ・ヴィルパークシャ寺院の夕日)      



(ハンピ・ヴィルパークシャ寺院の夕日)



(マハーバリプラム・岩山からの夕日)



(アウランガバードの空)




★インドネシア・バリ島★ バックパッカーからサーファーへ転職(笑)
               この国で知り合った日本人の人たちに一番お世話になった(奢ってもらった 笑)
               森や海、自然破壊や環境問題のことを海に入りながら考えていた

(マレーシアからバリへ向かう機内での夕日)



(ウブドの夕日)



(ウルワトゥの夕日)



(クタビーチの夕日)





400日かけて

いろんな国に行った 

いろんな場所に行った

いろんな人とであった

いろんな物を食べた

いろんな事を感じた

いろんな事を考えた

知らないことを知り、一回り大きくなったのだろうか??

よくわかんねぇよ(笑)

ただ400日を思い返してみると毎日欠かさず“笑っていた”

笑いジワが増えたくらいじゃないかな(笑)

いいんじゃないのそれで? 楽しかったし、面白かったし

町を移動するたび、国境を越えるたびにいろんな事が変わっていくけど

         どこにでも空があり
 
       見えげると雲が浮かんでいて
 
         風が吹き通っていて
 
          東から太陽が昇り

           西へと沈んでいく

         そんな当たり前のことと同じく

            面白い人も
 
             ムカつく人も

            笑っている人も

             泣いている人も

             嘘つく人も
 
             怒っている人も
                
              貧しい人も
        
              人は人なんだ

色や形が違っても、どこに住んで居たって同じなんだって事に気がついた 俺

          楽しかったなぁ“地球遊び”

とりあえず日本に帰ってきたけど、俺がこの国にとどまる理由なんてな~んも無い!!

地球には190ヶ国ほどある、俺が今まで行ったことがあるのはたった40ヶ国ほど

        まだまだ地球と遊べるな♪ 

         行ってやろうじゃないのできる限り
  
        見てやろうじゃないの見れる限り

          遊んでやろうじゃないの遊べる限り

            思いつくまま気の向くまま 

        『BLOWIN'IN THE WIND』…ってか(笑)

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category: 俺@Japan

リラの修道院 

16日にデリーからイスタンブールに入った頃には、移動+移動+飛行機で睡眠不足と疲労がMAX

このままでは死んでしまうのではと思うくらいだった。

イスタンブールには目星を付けていた宿『ツリーオブライフ』という日本人宿があったので

その宿を頼りに、イスタンブールに到着して直ぐの早朝に向った。

宿はドミトリーしかなかったのだが、何故かこの時期に満員と言われてしまった…マジで!?

HPもMPもほとんどがゼロだった俺、困っていたら管理人さんが共有スペースで眠っても良いと言うので

一泊する事にしたのだが、俺が寝る場所は共有スペースなので宿泊者がこの場所で情報交換したり

バカ話で盛り上がったりしていてとても眠れる状態ではない…ハズなのだが、よっぽど疲れていたのか

誰が何を話していても、どんなに騒がしくても、この時の俺には全く関係なかった

次の日の朝まで死んだように眠ったのであった、次の日みんなに大丈夫?と心配されるくらいの

そん見事な眠りっぷりだったのだ(笑)

爆睡して体力も回復…する訳が無いわな(汗)やはりゲームの様には行かないのだが、

アホな俺は次の日にブルガリアのソフィアへと夜行バスで向ったのであった…生き急いでいるな俺

ブルガリアには 1983年に世界文化遺産に登録された『リラの修道院』があるので早速観光に向った。

リラの僧院は人里離れた山中にあるブルガリア最大の修道院である。

山賊や異教徒の襲撃に備えて高い防壁に囲まれており、砦のような設計になっている

バスを乗り継いで山道をクネクネと登って行くと入り口が見えてくる
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この日は残念ながら曇っていた。
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周りは修道僧が暮していて、希望すれば泊まる事も出来るみたいだ
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修道院内には黒服に身を包み、首から十字架をぶらさげ、あごひげを生やした、かなりの長身の

見たまんま「おっ!修道僧」という感じのがたくさんウロウロしていた。
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ここは昔の台所なのだが普通に台所を見ても面白くないので、煙突?になっている吹き抜けの天井でもどうぞ
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霧がかかっていて分かり難いのだが、壁一面にフレスコ画が描かれている
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中にも入れたのだが撮影禁止のため写真はありません
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天井もフレスコ画が描かれている
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category: 俺@Bulgaria

ソフィア雑感 

そもそも俺が体力も完全に回復していないに関わらずブルガリアへ来たのは、

男としてう生まれたからにはストリッ…違う違う(汗)

ブルガリアのキレイな女性が、夜な夜なポールが立っているステージ上で

独自のダンスを繰り広げるダンスバトルを見るためだ

その女性が服を着ているかどうかは問題ではないのだが、

着ていないほうが好ましいのは言うまでも無い(笑)

そんな不純な動機でイスタンブールから男3人がブルガリアへ移動したのである…俺らはアホだ

イスタンブールからソフィアにバスに乗って移動したのだが、

トルコとの国境で俺の顔がパスポートと違うと言われて免許書まで提出、

まだ疑っていたのでパスポートのサインと同じサインをしてやっと信じてもらえた

1人の女のスタッフはそれでもまだ疑っていた、7年前の写真だから顔が違うのは当たり前だろうが(怒)

不純な動機がバレたのかな??

こうしてアホな3人がソフィアでまた別のアホな2人と合流して5人でダンスバトルを見に行ったのであった

この満足度は文字で書けないのではぶかせてもらいます。と言うかアホな事しか書けないと言うべきだ(笑)
ただ1つだけ言わせて貰うと…ブルガリア最高♪キテヨカッタ。

さてソフィアの町並みなのですが、俺が18日の早朝に到着した時は曇り空が広がっていた。
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こっちはかなり風が冷たくて寒いのよ(凍)
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知らなかったのだが古着も有名らしいので、町へショッピングに出かけた…ショッピングって書いてもた(笑)

何かのポスターだな(読めない)
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何かの絵だな(知らない)
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これはわかるぞ、チュッパチャップスの巨大な看板、到底30分では食いきれない大きさだな。
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古着屋は町のいたる場所にあって、グラム売りされている。

久しぶりの安いショッピングでテンションもかなり上がってしまった♪

しかし町を歩いていて気付いたのだが、こっちの方の人はお洒落な人が多い(キレイな人も)

アジアからやってきたきた俺の服装はかなり浮いていた(笑)

寒いのだがこの時期のヨーロッパの町並みって結構好きだな、枯れ木に枯れ葉、

その道を寒そうにブーツにコートで歩くヨーロッパ美人、う~ん絵になるネェ~
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これは俺の泊まっていたホテルの前の店、何の店なのだろうか?? (おそらく皆さんの想像通りです)
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ソフィアに3泊したのだが、この日は朝から快晴だったので町をブラブラしに出かけた
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アートな卵なのだが、遠くから見ていたらダルマにしか見えなかった(笑)
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これはアレクサンダー・ネフスキー寺院、遠くからでも近くでもちゃんと寺院だった。
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ブルガリア正教最大の寺院で、ソフィアのシンボル的存在らしいよ
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寺院の前の道では骨董品屋が建ち並んでいた。
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この人は何かを発明した人らしいのだが、何を発明したのはわからい、

ただ俺から言える事といえばジミ○ンやサ○ババじゃないという事だけは、

ここまで来た原動力がストリッ○を見たいだけという俺でも自信を持って言える
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俺が気に入った落書き
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意味がわからなくて最も俺が気に入った落書き、う~ん深い
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宿の前の古本屋
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夕陽と飛行機雲
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ソフィアを満喫して次の国マケドニアへ向ったのである、コイツ等は俺と同じ原動力でここまできた

エロの下に集まり、エロを求めてエロを愛しているバカで最高で最低のやつ等だ♪
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category: 俺@Bulgaria

続・旅の終わり 

引き続きまして(笑)

上を向いて生きているのが好きなだけ、別に上空に行きたい訳じゃないのだが(汗)

大嫌いな飛行機に乗って9月30日、バンコクからインドのコルカタへ、

タイ・ミャンマー・インドと、陸ではつながっているのに、ミャンマーを通り抜けられない

国境が邪魔をしているだけじゃなくて、国がつながっていないのだ

地図上で見た目がつながっていても“見えないところ”がつながっていないのだ

ミャンマーに行ったことがないのだが少し残念に見えてしまった。

そしてインドからすぐに北上してネパールへ


★ネパール★ 雪化粧のヒマラヤ山脈、心地よい風、澄んだ空気、
                       小さな星まで見える夜空が印象に残った

       そんな中で俺は自然に囲まれて生きることが好きだと気づいた 
               
(カトマンドゥの空)




(ポカラ・フェワ湖の夕日)

      


★ブルガリア★ 今までの国より栄えているのに先進国ではなかった、途上国、先進国って何なのだ??
        
        
(ソフィアの空)




★ギリシャ★ 初めての先進国、見た目ではブルガリアとの違いが感じれなかった。
                               “見えないところ”が違うのだろう
       

(テッサロニキの空)




★マケドニア★ 場所さえ知らない国が世界中にあり、 
           俺が生きていた世界の狭さにあらためて気がついた。
        
(オフリドの空)




★トルコ★ アジアとヨーロッパの架け橋となる国で
             両方の文化が入り混じっていて多くの旅人が基点としていた

      そこで出会った旅人たち、彼らとの出会いが俺の旅に大きく影響していった
              もっと先へ、もっと遠くへ、そんな思いが日に日に大きくなっていった
      
(イスタンブール・アジアサイドからの夕日)



(カッパドキアの朝空)



(カッパドキア・ギョレメ地区の空)


 
(カッパドキア・ホテルからみた空)



(カッパドキア・バス停での空)

      
      
(カッパドキア・ローズバレーの夕日)



こうしていろんな国を渡り歩いていると、どこの国でも仲良くなる現地の人たちはいる、

そんな中、長期で滞在する事が多いのはやっぱり途上国で、

すると特に仲良くなるのも途上国の人たちが多い、

先進国の人たちが冷たくて友好的ではないという訳ではないよ(笑)

彼らは日本という国からやってきた俺を、彼らなりに楽しませようと

冗談を言ってくれたり、

言葉を教えてくれたり

ご飯を食べさせてくれたり、

ただブラブラ一緒に歩いたり、

家に招待してくれたり、

温泉に連れて行ってくれたり、

電車のチケットを汗まみれになり買ってくれたり

貧しいが自分たちの金でサトウキビを買ってくれたり、

俺の家族の分と言ってお土産をくれたり

些細なことかもしれない、小さなことかもしれないのだが

してくれたことの大きさではなくて、してくれたという気持ちが嬉しかったから

俺の心には、彼らを忘れる事が出来なくなるくらい大きくなって残っていった。

もらった想い出よりも、もっと大きなものを残してあげたいと思い日本に誘うと

ノリノリで「行く行く」と言ってくれる人もいるのだが

興味あるけど日本に来るのが怖い、と言っている人たちも中にはいた

俺の英語力が乏しいので、深く聞くことができなかったのだが

何でなんだろう?ってスゲェー考えたら

日本は物価が高い国なので、金の問題もあるのだろうけど、おそらくそれだけではないだろう

日本に住んでいる俺は、ネットやテレビでいろんな事を知っているし、知る事ができる

ビザの情報、治安、物価、移動手段、気候、宿泊施設など必要なことなどは事前に調べられる

でもそんな環境が無い人たちは? 日本という国は全く未知の国なのではないだろうか??

そんな未知の国に誘われたからって、友達(俺)が居るからといって来れるだろうか?

あらかじめ下調べをしてから旅に出た俺でも不安を感じていた、

でも、何も調べられない状況で生活している人たちは?

俺が感じたのとは比べ物にならないくらい不安で、怖いのではないのだろうか?って思った。

もっと先の将来に先進国、途上国なんてなくなってしまえば、

もっと簡単に国と国との往来が出来るようになってしまえば

そうすればもっと違う国で出会った友達に会うことが出来るんじゃないの?

こんな風に俺が思っていることっていうのは

簡単なことのような気がするのだが、“見えないところ”で、すごく難しいことなんだろうな…。

じゃあ異国にいる友達に会うにはどうすればいい?

答え・俺が行けばいいだけの話


そして続く…

category: 俺@Japan

旅の終わり 

俺は旅に出る前に東京で、あるニュース番組のADとして2年ほど働いていた

ろくに学校にも行かず勉強もせずに、ニュースなんてろくに見ていない俺が!?

ずっと建築の仕事をしていた俺がニュース番組のAD??

…面白そうだ♪ そんな感じで上京して働いていたのだが

毎日毎日起こる国内国外の事件

政治家が国会で話し合っている意味のわからない討論

数字ばっかり動き回る経済 etc etc …

…なんのこっちゃ??

どうやら俺が知らなかった事が多すぎたみたいだ(笑)

何とか要領よく(笑)2年近く働いていたのだが、基本的な勉強不足のため

だんだんと自分が“何を”やっているのか“何で”こんなことをやっているのか分からなくなった

「楽しくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

太陽の下で風を浴びて仕事をしたほうが俺には向いている

蛍光灯の下でエアコンを浴びて仕事をしているなんて向いていない

ムリムリこんな仕事、好きでないとやってられないし、会社の中で一日中なんて窮屈すぎる(狭)

もっと言えば27年間も日本という国に住み生きているだけでも窮屈だ、世界は広いぞ!

世界は広い?? しかし本当に世界は広いのだろうか?

俺の知っている世界はTVの画面で、雑誌で、人から聞いた話を組み合わせて造った世界じゃねぇの?

エジプトにピラミッドがある・・・らしい

タイに首の長い民族がいる・・・らしい

死海ではビックリするくらい浮く・・・らしい

ガンジス河には死んだ人を流す・・・らしい

この俺が創った世界は本物なのか?…気になる

気になるなら見に行けば良いだけの話♪

“仮定”を“断定”にするために俺は2008年5月31日 関西国際空港からタイへ向けて出発




400日間の放浪が終わり俺が“断定”できたことは今までのブログに書いてありますのでヨロシク

400日で俺が行った国は全部で17ヶ国。

【タイ・カンボジア・ベトナム・ラオス・中国・インド・ネパール・トルコ・ブルガリア

 マケドニア・ギリシャ・シリア・ヨルダン・イスラエル・エジプト・イギリス・インドネシア・バリ島】

『国旗・人種・建物・文化・習慣・匂い・言葉』国境を越えるたび様々なものが変化していく

そんな中でどこに行っても俺は空ばっかり見上げていた。上を向いて生きていると言うことだな(笑)

国境なく続く空・そんな空を風の吹くまま進む雲・誰にでも平等に昇って沈む太陽が好きだった。

旅の最後のブログなので俺が見てきた空の写真を載せたいと思います

★タイ★ 
俺の旅の始まりの国。俺がいったいどこまで出来るのか、不安と期待で一杯だった国 


(バンコクの夕日)



(チェンマイの雲)




★カンボジア★ 
国境を越えた瞬間に感じた貧しさ、裸足の子供たちが俺を見ていた。
軽い気持ちで訪れた孤児院で色んな事を考えさせられた
        

(シェムリアップ・アンコールワットの朝日)



(シアヌークビルの夕日)



(タ・クマウの雲)



(ベンメリア遺跡の雲)



★ベトナム★ 
英語が全く通じずに困ったり、国境で追い返されて焦ったり、国境って何だ?と感じた

(ニャチャンビーチの朝日)



(ラオ島の雲)



(名前も知らない町の夕空)




★ラオス★ 
どこの国よりも子供たちが笑顔で話しかけてきた。自然がすごく近くに感じれた

(シーパードン・デット島の夕日)



(ナムソイの太陽)




(ナムカンの雲)




★中国★ 
雲南省の人たちは俺が思っていたよりも温かくそして優しかった。
中国人に対してのイメージが変わっていった。

(大理の空)




(麗江の空)




まだ中国か(汗)このまま行くとかなり長くなってしまうので分割して書く事にます

category: 俺@Japan

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