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拓二どこにいるの?

 

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ポル・ポトが残したもの。。。 

俺らはシアヌークでスネ毛を抜かれた女Mちゃんとこっちで新たに知り合った

三重県出身のD君と岐阜県出身のNちゃんの合計5人でツクツクを捕まえて

トゥールスレイ刑務所に向うことに。

ここは元々は学校だったのをそのまま刑務所にして、それをそのまま博物館としている。

確かに、学校だと言われれば学校に、刑務所と言われれば刑務所に見えてしまう。
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建物は何棟かあり各棟の部屋に入れるようになっている。

部屋の中には拷問のときに使ったベッドや器具がそのまま残っている。
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こっちの建物は1~2階が独房で有刺鉄線が張り巡らされていて逃げられないようになっている。

3階は行けなかった。
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中に入ると、一階はレンガを積み上げてつくられた独房が左右に並び、奥のほうまで続いている。
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独房の中はタタミ一畳もない部屋で、繋げておくための鎖が生々しく残っている。
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2階も同じような独房でこっちの方は木でつくられていた。
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他の建物には殺された人たちの白黒写真がただたくさん並んでいる部屋、中には子供の写真や

女性の写真、顔がはれている人の写真もたくさんあった、拷問器具やその拷問器具を

どのように使ったかなどの絵が描かれていた、気持ちがドンドン沈んでいく

ここでは写真はあまり撮りたくなかったので撮ってません、

俺的には撮った写真を載せるのもどうかとも思うしな。

当時この刑務所には2万人が収容され生きて出られたのはたった6人なんだって

その人たちの現在の写真が飾られている部屋もあった(←英語がわからんかったが多分生存者の写真)


~キリングフィールド~

刑務所で気持ちも落ちた、このままさらにキリングフィールドへ向う。果たして持つのか俺らは?

ポルポト政権時代に罪のないカンボジアの人々が数え切れないほど殺された場所。

町の中心部から離れていて、田んぼが広がっている静かな場所にキリングフィールド建っている。

この建物の中には誰のものかわからない頭蓋骨が棚に何段も山積みにされて

下には一緒に見つかった衣服などが置かれている。
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見に行った俺が言うのもなんだけど、何で骨を埋めてあげないんだろうか?

当時の悲惨さを伝えるのにこうして本物の骨を人目につくように置く必要はあるのだろうか?

う~ん、わからないな俺には。

裏の方にまわっていくと幾つもの掘り返された大きな穴があり、そこから大量の人骨が見つかったらしい

各穴には看板が立てられて、看板にはその穴で見つかった遺骨の数や、

子供の遺骨が何体出てきたなどが書かれていて穴の上には屋根がつくられていた、

今ではこんなに緑が茂っていて静かな場所なのに、多くの人がここで殺されたなんて

信じられない。俺は見ていないが下を見て歩いていると、歯や小さな骨が所々に落ちていたらしい。
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これは処刑する人を吊るした木で、その時の悲鳴がスピーカーのようだったと書かれているらしい。
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気持ちが沈んだままで岐路につく、道中のツクツクのでは…ほぼ無言

何か話さなければ落ち続ける一方だ、無理やりにでも会話をして、落ちた気持ちを誤魔化しながら

ホテルに戻って行きましたとさ。

そして、この後シアヌークへバカンスを探しに旅立ちました。

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